2017-02-17 00:04よりよい幼児期を目指して
◆よりよい幼児期を目指して -⑩こどもと友達-
振り返りの学期として、子ども達の成長を喜び合いながら過ごしていきたいと3学期が始まりましたが、早いもので今年度の保育も残すところあと一ヶ月となりました。各クラスにおいては子ども自身が、また友達同士で自分達の成長に気付き、喜び、更なる成長に胸躍らせている様子を随所にみることができ、嬉しいかぎりです。
さて、今月は子どもと友達というテーマで子どもの育つ環境を考えてみたいと思います。人生に大きな影響を与える友人の存在はまさに人生の宝と言えるでしょう。子ども達に「よき友人と出会い、人生を豊かに」していってもらいたいと願ってやみません。最近こんな話を友人から聞きました。「中学校3年生の息子K君がどうも万引きをしているらしい」という情報がお母さん達のネットワークを通してK君のお母さんに届いたそうです。両親で相談した結果、K君のお父さんが問いただすと、本人もそのことを認めました。なぜそんなことをしたのかと聞いたところ、友達の間で格好をつけたかったとのこと。つまり、みんなからはやしたてられ、悪い事と知りながらもそのグループの友人関係を優先してしまったのだそうです。しかしそんなK君のことを心配し、はじめに自分の母親に相談したのは幼稚園時代の友達だったそうです。K君のお父さんはK君にこう言ったそうです。「お前にはいい友達がいるな」。その晩にK君はその幼稚園時代の友達に電話をして涙ながらに「心配してくれてありがとう。俺ちゃんと元に戻るからな」と伝えたそうです。
思春期には周りが見えず、友達と同じことをしたい、同じでいたいという欲求が強くなります。そのグループでいるためには、時に自分の意志や家族をも裏切ることを迫られる場面もあるでしょう。断れば仲間はずれ、しかし自分を偽りたくないというジレンマを経験することもしばしばです。しかし、K君はこの経験を通して非常に大切なことを学ぶ事ができたのだと思います。「誰が自分の一番の親友なのか?」ということです。そして、私はK君のお父さんの言葉に大変感銘を受けました。K君自身、自分にうそをついたこと、家族を裏切ったこと、盗みをはたらいたことなど、自分の犯した事柄の重大さを痛いほど分かっていたのだと思います。親としてこの場面どのように関わるか、非常に難しいケースです。なぜそんなことしたの!そんな子に育てたつもりはありません!そんな友達すぐに別れなさい!とついつい言ってしまいがちです。しかしこのお父さんの言葉は「お前にはいい友達がいるな」の一言でした。どんな友達を作るかは親が決めることではありませんし、ましてや十分傷ついている子どもに対して「もううちの子じゃない!」などと言ったら、きっとその子どもは立ち直れないほどに傷ついてしまうでしょう。元のK君らしさに戻るためには、叱る事でも、慰める事でも、友達関係に介入することでもなく、「これからどう生きていくのか」という方向付けをしてあげる事が必要だったのです。友達の中で生きていくのはK君です。その中でK君自身が様々な失敗や体験を繰り返し、その過程で本当に大切なものは何かを自分自身が感じ、学んでいくことが大切なのです。そしてこの経験はやがて「社会でどう生きるのか」というテーマにつながっていくのだと思います。
幼い時の友人は共に遊びを通して得た仲間です。たとえ中学校に行っても幼い時に得たその仲間は、「目に見えるK君の姿や行い」ではなく、「K君の存在そのもの」でつながることのできる友達なのだと思います。きっと二人の絆は幼稚園時代そのままだったのでしょう。心の友とは「~ができるから」とか、「~のために」といった比較や条件つきの友達ではなく、「どんな状況でも」友達なのであり、無条件なのです。昭島幼稚園の子ども達もまさに無条件の友達作りをしています。一緒に生活する中で、共に笑い、共に泣き、共に遊ぶ経験を積み上げ、友達を丸ごと理解しようとしています。年長児にもなると、心の友として互いのことを感じ合える仲にまで成長していくのです。
まもなく年長児は卒業の時を迎えますが、小学校でも新しい友達と出会い、より深く関わり遊び合いながら心の友を得ていってもらいたいと願うのと同時に、幼児期に得た友達をずっと大切にしていってもらいたいと思います。ご家族同士の交流を継続させ、折に触れて行き来し合うことができれば、お子さん同士が友達でい続けられるための良いフォローとなるでしょう。今後も幼稚園生活の中で、学校生活の中で、たくさんの体験や遊びを通して、友達と遊ぶことの楽しさやゆたかさを感じていけるように私達がバックアップしていきたいものですね。
◆今月の聖句 「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ25:40)
皆さんは今まだ子どもで、お家でも外に行っても、ほとんどのところで「小さい者・小さい存在」です。お家の人や、幼稚園の先生など、周りの人にお世話してもらわなくては生きていけません。みんなから優しく大切にされるからこそ安心して大きくなっていけるのです。
この広い地球に住むたくさんの人や、生き物は神さまが作ってくださいました。中には皆さんよりも「小さな存在」がいます。大きな者が、小さな者をいじめるのは簡単ですが、そうではなく、大きな者は小さな者を助けてあげましょうというのが今月の聖句です。
小さな者とは弱っている者、悲しんでいる者も含まれます。周りを見渡してそのような人がいた場合、「自分がされているように」、自分よりも小さな存在に優しくできる人になりましょう。みんながこのような心を持つことができた時、「助け合う」仲間となることができます。そして、「助け合える世界」を作ることがイエスさまの望まれることなのです。(子どもの礼拝要旨)
園長 石川 勇