昭島幼稚園
昭島幼稚園
幼稚園について
保育理念
幼稚園のご案内
先生たちのご挨拶
学校評価
未就園児のご両親へ
幼稚園の一日・一年
園内・園外のあそび
未就園児サークルのご案内
さくらんぼの会のごあんない
お母さんたちの声
ブログ
先生のブログ
園長先生のつぶやき
くりすのへや
アクセス
お問い合わせ
TEL: 042-541-0753
先生のブログ
園長のつぶやき
園長のつぶやき
毎月の父母会で配布している園長のメッセージです
2025年3月 期待と不安
1ヶ月前
◆共に生きる -期待と不安-
今年度の保育もいよいよ終わりの時を迎えようとしています。この一年も園とご家庭が連携し、子ども達にとって充実した一年とすることができました。これまでのお支えやご協力を覚え、この場を借りて皆様お一人おひとりに心よりの感謝を申し上げます。
保育の修了を目前としている今、4月から始まる新しい生活を想像して不安感を抱くお子さんもいるかもしれません。バッジの色が変わる、クラスの部屋が変わる、先生が変わる…。こうした生活の変化は、期待(ワクワクすること)であるのと同時に、不安(ドキドキすること)でもあります。特に卒業を控えている年長組の中には、小学校への入学に向けて大きな不安を抱くお子さん(や、親御さん)もきっといることでしょう。
しかし、そのような時にはどうぞこれまでの成長の足跡を思い出してください。初めて幼稚園の門をくぐった頃のまだまだ小さく頼りなかったお子さんの「手」は、毎日の「経験」を積み重ねてたくましく、大きく成長し、いろんなことができる「手」になりました。お友達や先生と出会い、心の世界もグググッと広がり、心から信頼できる仲間や先生とも出会うことができました。入園当初、一体誰が今日の姿を想像できたでしょう? 毎日毎日積み重ねてきた結果が今に現れているのです。この奇跡のような成長は、お子さん本人の努力のみならず、それを支え励まし続けてきたご家族の祈りや協力の成果でもあると思います。
これまでこんなに頑張れたのですから、これからだってきっと大丈夫です。さらに大きくなっていく心と身体と知恵をいっぱいに使って、お子さんはこれからもまさに「無限の成長」に向かって大きくなっていくのですから、親御さんもお子さんの可能性を信じて、喜びや期待を前面に出してお子さんを励ましてやりましょう。先には必ず良い道が備えられていることを信じて、これからもお子さんと一緒に期待をもって歩んでいってください。
「苦しくてどうしようもない時、いつもうかんでくることばがあった。
神様がいるんだもの、なんとかなるさ そしていつもなんとかなった」
(作:星野 富弘)
これからも皆様の上に神さまのお守りと祝福がありますことを心よりお祈りしています。
◆今月の聖句:「光の子として歩みなさい」(エフェソ5:8)
4月からみなさんとご一緒に礼拝堂に集い、賛美歌を捧げ、祈り、聖書のお話を聞いてきました。いちごさんは1年間、どんぐりさんは2年間、そしてたんぽぽさんは3年間、一緒に礼拝を守ってきましたね。時間の長さには違いがあるけれど、この礼拝堂で皆さんは神さまやイエスさまと出会い、そのお考えやみ心に触れることが出来たのです。光の子とは、「神様の愛を知っている子」ということです。“昭島幼稚園のうた”にも「神さまの愛の光に、照らされて育て子らよ~」とあるように、私たちは神さまの温かい愛の光をたっぷりと浴びて大きくなることができました。
楽しかった幼稚園の毎日も、もうすぐ終わりを迎えます。いちごさんがいちごさんでいられるのも、どんぐりさんがどんぐりさんでいられるのも、そしてたんぽぽさんがたんぽぽさんでいられるのもあとわずかです。新しい一年が始まっても、どうぞ神さまがいつも近くにいてくださること、その温かい愛の光を照らしてくださっていることを忘れないでいましょう。特に、小学校に行ってしまうと、こうして礼拝を守ることはなかなかできなくなるかもしれませんが、お祈りはいつでも、またどんな場所でもすることができます。食事の前に、またベッドの中で、あるいはお祈りしたいと思った時に、いつも手を合わせてお祈りし、神さまにつながっていましょう。
また、これまでの礼拝でいろいろな聖書の言葉を覚えました。お話もたくさん聞きましたね。「あなたがたはそれぞれ賜物を授かっているのです」、「隣人を自分のように愛しなさい」、「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない」…。たくさんの大事な言葉に出合いました。これらの言葉をこれからもずっと大切にして、周りの人も明るく照らせるような光の子どもとして歩んでいきましょう。(子どもの礼拝要旨)
園長 石川 勇
2025年2月 小さな気づき、大きな幸せ
1ヶ月前
◆共に生きる -小さな気づき、大きな幸せ-
2月を迎えました。子どもたちは大きくなったこころと身体をいっぱいに使って、お友達や先生と笑顔あふれる毎日をすごしています。健康に気をつけながら、残された日々も大切に過ごしていきたいと思います。
この時期にご家庭においても、是非お子さんの歩んだ一年を振り返り、その成長を記憶(記録)していただきたいと思います。家庭を離れて楽しく幼稚園で過ごせるようになったことも、あるいは友達との生活を通して自分の事を自分でできるようになったこともお子さんの大きな成長です。また、外遊びが好きになった、仲良しの友達ができた、様々なものに興味が湧くようになってきた、自信がついた、お祈りを覚えた・・・なども、お子さんの大切な成長の証であると思います。どうぞお子さんの成長をたくさん見つけ、大いに祝福してあげましょう。
お子さんの成長を振り返る時、そのきっかけを紐解くと、小さな出来事や頑張りから始まっていることが多いものです。小さなきっかけが大きな成長につながっていることを思うと、日常の中に見られるお子さんの何気ない発見や、頑張りがいかに大事か、あるいはその小さな一歩に気づき、認め、祝福することがいかに大切かを改めて気づかされます。
「木の育つ姿に学べ」という言葉があります。これは子育てにあたる親の心得的な言葉ですが、幼稚園教育の視点としても大いに参考となる言葉であり、私も心に留めている言葉のひとつです。育てよう、育てようと子育てを急いでしまったり、子どもの目に見える部分ばかりに気をとられてしまったりするのは、木がまだ小さいうちから「体裁を整える」ために、水や肥料を過分に与え、枝を剪定するようなものです。やりすぎてしまえば根が腐り、樹勢を弱め、結果としてあまり育たないばかりか、下手をすれば全体が枯れてしまいかねません。そうではなく、苗木の頃には日当たりや土壌に気を配り、目には見えない「根っこ」をしっかりと張らせることが大切です。人間の場合も、意欲や自信を大切にして、「待ってあげる」ことや「ほめてあげる」ことが「自ら大きくなっていこうとする力(=生きる根っこ)」を育てていくことにつながるのですから、木がゆっくりと成長していくように、ゆったりと、大らかな気構えでお子さんの成長をみていきたいものです。
だんだんと芽生えてきたお子さんの自信や意欲など。まだまだ小さいつぼみかもしれませんが、将来大きな花を咲かせる大切なつぼみです。そのつぼみをさらに膨らませていけるように願い、これからも幼稚園と家庭とが力や知恵を合わせてご一緒に関わり、見守ってまいりましょう。
◆今月の聖句:「あなたがたはそれぞれ、賜物を授かっているのです。」(ペトロⅠ 4:10)
私たちはみんな神さまから賜物(光り輝く部分=いいところ)を授かっています。歌声の綺麗な人、話すのが上手な人、聞くことが上手な人、強い体を持つ人、面白い人、やさしい人、絵を描くことが上手な人…。数え上げたらきりがないほどたくさんの賜物がありますが、人それぞれに違った賜物が与えられているのです。
星野富弘さんという人がいます。星野さんは体育の先生をしていましたが、ある日大ケガをして首から下をまったく動かすことができなくなってしまいました。がっかりした気持ちや、悲しい気持ち、残念な気持ち…星野さんは病院のベッドの上で寝たきりになりながら来る日も来る日も暗い気持ちで過ごしていました。しかし、あるとき星野さんは「聖書」と出会いました。聖書を読むと暗い気持ちに光がさしました。そして、星野さんは唯一動かせる口を使って絵や字を書けるように一生懸命に練習しはじめました。そして今では、星野さんの描いた絵や言葉は、たくさんの人を励まし、元気や感動を与えています。
星野さんはけがをして大変な思いをしましたが、神様と出会ってから自分に授かった「本当の賜物」と出会うことができたと思います。口を使って絵と言葉を描き、周りの人を元気にできることは星野さんの素晴らしい賜物だと思います。星野さんのこうした生き方は本当に尊敬できる生き方だと思います。
私たちも神さまから授かった賜物を生かす生き方をしていきましょう。自分に与えられた賜物は何かな?といつも心に問いかけながら、神様にお祈りしながら賜物を見つけていきましょう。そして、その賜物を神さまのご用のために、周りの人たちのために生かしていきましょう。(子どもの礼拝要旨)
園長 石川 勇
2025年1月 目標をもって生きる
2ヶ月前
◆共に生きる -目標を持って生きる-
新年あけましておめでとうございます。新しく迎えたこの一年も世界が平和で、子どもたちが健やかに成長できる年でありますよう祈ります。いよいよ幼稚園の3学期も始まりました。一年の最後となるこの学期は、「喜びあう3学期」として自分やお友達の成長に気づき、また広げ深めてきた仲間との関係を大いに生かして、さらなる成長に向けてワクワクしながら「共に喜びあえる日々」を過ごしてまいりたいと思います。子どもたちを中心において園とご家庭とが更に深く、強くつながれたらと教職員一同願っておりますので、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
さて、今月は「目標を持って生きる」というテーマでご一緒に子育てを考えてみたいと思います。年頭にはよく「今年の抱負や目標」を宣言したり、書き記したりします。皆さんの中にもこのような習慣がある方もきっといらっしゃることでしょう。今年はこんなことに挑戦したいと目標を掲げ、その通りに実行している人を見ると「かっこいいな、素敵だな」と尊敬、感心してしまいます。「私もぜひ見習って!」と思うのですが、気がつくと目標をすっかり忘れていたり、日常の忙しさにかまけてチャレンジをあきらめてしまったり…と、なかなか目標を実行することは難しいですね。
以前に、「目標は小さく具体的に、夢は大きく」これが夢に向けて目標を達成していくコツだという話を聞いたことがあります。確かに目標を大きく掲げてしまうと、漠然としてしまいますし、実行することに時間も労力もたくさん費やさなければならず、やり遂げることが困難になってしまいがちですが、小さく具体的な目標であればより取り組みやすくなり、実行しやすくなります。また、目標はネガティブな発想で立てるのではなく、ポジティブな気持ちで立てましょうという話も聞いたことがあります。やらなきゃと思うよりも、やってみたいと思えたほうが長続きするそうです。目標に対して前向きに興味を持ち、高望みしないでできることからゆっくりと、また楽しんで取り組んでいくことが目標を達成していくポイントとなりそうです。
特に、子育ての目標となると漠然としがちです。「良い親でいたい」と思いながら、なかなかうまくいかずに悩んでいる方も少なくないと思います。しかし、「良い親でいたい」という思いは、まだまだ「漠然とした願い」であって「目標」とは言えません。「そもそも良い親ってなんだろう」と自分に問う事から始まり、例えば「お話の聞ける親でいたい」という大きい目標を立て、さらにそこから「あいさつを大切にしよう」とか、「毎日少しの時間でも子どもと向き合って楽しく会話をしよう」とかいうような「具体的な目標」にしていくことが大切です。「良い親」につながる一歩が「あいさつであり、会話である」と考えると、漠然と考えているよりはずっと充実して、前向きに取り組めるようになるのではないでしょうか。
誰しも初めから良い親であるわけではなく、毎日の関わりや経験を通して良い親になっていくのですから、今この幼児期から「良い親とはなんだろう」という問いに対してたくさん考えて、そこから生まれる小さな目標に向かって歩んでいくことが大切だと思います。小さな一歩がやがては大きな夢につながっていくことを信じて、新年にあたり心新たに「目標を持って」過ごしてまいりましょう。
◆今月の聖句:「隣人を自分のように愛しなさい」(マタイ22:39)
隣人とは、自分の周りにいる人のことを言います。おうちではお父さんやお母さん、兄弟や家族が隣人になります。幼稚園ではお友達や先生たちがみなさんの隣人です。イエスさまは、これらの隣人を「自分のように大切にしなさい」と教えていらっしゃいます。
人にはいろんな人がいて、自分さえよければいいやという人がいます。隣で友だちが悲しんでいても、「自分じゃないから関係ない。関わるのが面倒だ。知らないふりをしよう…。」と見て見ないふりをする人もたくさんいます。しかし、どうでしょう。これは隣人を自分のように大切にする行ないでしょうか…、違いますね。隣人を自分のように愛する人は、隣で友だちが悲しんでいたら、きっと何を差し置いてでも「どうしたの?」と声をかけ、話を聞き、その人の悲しみが少しでも楽になるように力を貸してあげることでしょう。
今月の聖書の言葉は、聖書の中で「最も大切な掟のひとつ」としてイエスさまがお話ししてくださった教えなのです。世界中の人たちがこの教えに従って過ごせれば、必ず世界は平和になるでしょう。
どうぞ皆さんもこの言葉をずっと心にしまい、この行いができる大人になってください。幼稚園の毎日でも周りを見渡して、困っているお友達や悲しそうなお友達に気づいたら、そっと優しい手を差し伸べてあげましょう。楽しそうにしているお友達がいたら一緒に喜んであげましょう。これからも自分の周りの人たちを自分と同じように大切にできる毎日を一緒に過ごしてまいりましょう。(子どもの礼拝要旨)
園長 石川 勇
2024年12月 分かちあう喜び
4ヶ月前
◆共に生きる -分かちあう喜び-
アドベントを迎え、クリスマスを迎える準備にはいりました。幼稚園にもクリスマスツリーやリースが飾られ、皆さんのご家庭にも子どもたちが作ったアドベントカレンダーが飾られていることと思います。どうぞクリスマスまでの時をお子さんと一緒に心待ちにしてお過ごしください。
さて、クリスマスは、今から2000年も前に、ユダヤのベツレヘムという町で起きた「イエスさまのご降誕」を祝う全世界的な行事です。イエスさまはその生涯を通して人々に「本当の愛」を教えられた方です。「わたしは世の光である。わたしに従うものは暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」(ヨハネ8:12)の言葉にあるように、イエスさまの愛はたくさんの人々の心に光を灯し、生きる喜びや希望を与えてきました。クリスマス礼拝(キャンドルサービス)で、真っ暗なところに一本のロウソクの火が灯され、その火が会衆に分け与えられて、やがては会場がたくさんのロウソクの光に包まれていくという光景は、まさに「イエスさまの愛」が一人ひとりの心を明るく灯し、世を照らしていくさまを表しています。そして、2000年以上も経った今でもなお、そしてこの昭島にまでも、イエスさまがいらっしゃって、変わらずに「愛を与えてくださっている」ことを思うと、驚きと同時に、この上ない喜びと感謝で胸がいっぱいになる思いです。
ところで欧米などでは、クリスマスのごちそうでよく七面鳥やケーキを丸ごと用意して、皆で切り分けて(・・・・・)食べます。また、アドベントにはクリスマスカードやプレゼントを贈りあいます。これらの行為には、「愛を分かちあう」という意味があります。愛は一人では成立しません。そして、この喜びは決してお金では買えないものです。たとえクリスマスにどんなごちそうを食べても、どんな高価なプレゼントを用意しても、一緒に過ごしてくれる人や、それを受け取ってくれる人、そして何よりも「喜んでくれる人」がいなければ空しいだけであり、決して喜びにはつながりません。逆に、ごちそうや高価なプレゼントがなくても、大切な家族や仲間がいて「愛が交わしあえたら」、それだけで心に火が灯され、温かい気持ちになるのです。ですから、愛の人イエスさまのお誕生日である「クリスマス」の喜びとは、その「愛」を分かちあう喜びなのだと思います。
年長組では近隣の老人施設と年に数回交流を持っておりますが、子どもたちの歌声に多くの方が笑顔になり、中には涙を流して喜んでくださる方もいます。そんなおじいさん、おばあさんの笑顔や表情に触れると、次第に子どもたちもうれしそうな表情になります。こちらが喜びを与えていたはずなのに、いつの間にか反対に喜びを受ける側になっているのです。「愛」は一方的にはたらくものではなく、相互的に分かちあい、また交わしあうことで相乗的に大きくなるものであると思います。愛を中心に置くと平和が生まれ、笑顔や優しさがあふれるのです。本当に愛には不思議な力があると思います。
どうぞイエスさまの教えてくださった「愛」を大切な「家族」や「仲間」と分かちあい、交わしあって、今年も「よろこびあふれる」クリスマスをお過ごしください。そして、世界中の子どもたちの上にも平和で嬉しいクリスマスが訪れますようにご一緒にお祈りいたしましょう。 メリークリスマス!
◆今月の聖句:「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」(ヨハネ3:16)
神さまは大切な独り子であるイエスさまを私たちのもとに贈ってくださいました。このことこそ、神さまがわたしたちにくださった最大のプレゼントであると思います。クリスマスは、イエスさまがお生まれになったうれしい時であり、大切なイエスさまを贈ってくださった神さまに心からのありがとうを伝える時であります。
幼稚園のクリスマス礼拝では、皆で心を合わせて讃美を捧げ、神さまに感謝を表す時といたしましょう。その後の祝会では、大切なお友達と一緒にうれしい気持ちでクリスマスをお祝いしましょう。
そして、バングラデシュのお友達、世界中のお友達の上に、よろこびいっぱいのクリスマスが訪れるようにみんなでお祈りいたしましょう。(子どもの礼拝要旨)
園長 石川 勇
2024年11月 脱便利!
5ヶ月前
◆共に生きる -脱便利!-
11月を迎え、だんだんと秋も深まってきました。この季節に公園に出かけると、木々が紅葉している様子が見られたり、どんぐりを見つけたりすることができます。もちろん、幼稚園の庭にも、近隣の地域の中にも「小さな秋」を見つけることができます。子どもたちは、いろんな場所で「実りの秋」と出合い、感じ、この季節を楽しみながら過ごしています。幼稚園では、この秋も「収穫感謝の礼拝とパーティー」を予定していますが、ゆたかな秋を与えて下さった神さま、多くの実りを与えて下さった神さまに対して、みんなで感謝を表す機会としたいと思います。
今月は「脱便利!」というテーマでつぶやいてみました。脱便利というと少々オーバーかもしれませんが、何気なく過ごしている日常生活の中で、便利さの陰となって忘れられがちな、でも「大切なこと」がけっこうあるのではないかと思います。今月はそれをご一緒に考えてみましょう。
便利さと考えると、まず私の頭に浮ぶのは「ドラえもん」です。四次元ポケットから「あったらいいな」と思うものを次から次へと出し、のび太を手助けしていくというおなじみのストーリーですが、その裏にはもうひとつ大切なメッセージが流れているように思います。番組を見ていると、ドラえもんは、道具の便利さにすぐに溺れてしまうのび太をいつも心配しています。つまり、便利なものに依存すると自分では努力や工夫をしなくなる、便利さを私利私欲のために独占しようとすると自分勝手になる、便利さを求める欲求(もっと便利にという欲求)には際限がないなど…、便利なものに飛びつき、依存したり、独占したり、更に求めたりしてしまう人間の弱さや、便利さの陰にある大事なもの(努力、協力、工夫、がまんなど)を見落とさないようにしましょうという作者からのメッセージが伝わってきます。
確かに私たちの生活は日進月歩で、一昔前と比較しても飛躍的に便利になり、快適になりました。しかし、それによって人間の感受性、生活力、工夫力、忍耐力、ものを大切にする心、感謝の心など…たくさんの性質や能力が失われてきているとも言えるのではないでしょうか。時代をさかのぼって便利さを捨てることはできないにせよ、どっぷりと便利さの中に浸かっているだけでは「ドラえもんに心配されるのび太」のようになってしまいます。
“Plane living and high thinking”という言葉があります。簡素な生活の中でこそ高い思想が養われるという意味あいですが、生活の中に「あえて」手間のかかることを入れてみたり、不便な要素を加えてみたりすることはとても意味があると思います。手間や不便さは工夫や協力、相談などを生み出し、必要な技能や知識を養うきっかけともなるからです。例えば、食についても自家菜園(プランターでも十分)などで農作物を栽培することはとても手間がかかることであり、不便なことです。しかし、収穫までの一連の作業を通して、必要な技能や知識と出合い、家族の協力や会話が生まれ、食する喜びに与ることができるのです。これはスーパーで買うという便利さの中では味わうことのできない経験です。このほかにも、電気や時計を使わないで過ごす日を設けてみたり、車や自転車を使わない一週間を過ごしてみたりと、アイデア次第で「手間や不便さ=簡素な生活」を味わうことができると思います。どうぞこれからもメリハリのある質の高い生活を目指して過ごしてまいりましょう。
◆今月の聖句 「主に賛美の歌をうたい、聖なる御名を唱え、感謝をささげよ」(詩篇30:5)
収穫感謝祭を迎えるにあたって、今月はこの聖句が与えられています。
収穫感謝祭の起源は、1620年9月6日にイギリスの清教徒と呼ばれる102名のクリスチャンたちが、メイフラワー号に乗って大西洋に船出したことにさかのぼります。彼らが、北アメリカのプリマスに上陸したのは11月の寒い空の下でした。そして、最初の木小屋が建ったのが、ちょうどクリスマスの日。異郷の地で迎える冬は厳しく、食べる物も着る物もほとんどなく、農耕のすべも知らず、飢えと寒さと病気で半数が死にました。やがて春が来た頃、親しくなった先住民族から種子をもらい農耕を教えられました。トウモロコシ、エンドウ、大麦、小麦などです。初めての収穫の秋。彼らは、予想以上の豊かな収穫に、教会で、家庭で、収穫感謝の礼拝をささげました。苦しかった忍耐の生活を振り返りつつ「小さな種子の芽を育て、太陽を輝かし、雨を降らせ、成長させて豊かな実りをお与え下さった神に感謝します」と心からの祈りをささげました。そして、友だちになった先住民族を招いて、小麦とトウモロコシでパンとケーキをつくり、七面鳥をとってきて一緒に喜びのパーティーを開きました。それが、11月に感謝祭を開いた最初です。その後240年余り経って、リンカーン大統領が、国の祝日に11月の第4木曜日を感謝の日と決めました。アメリカでは、この日、果実や木の実を料理し、開拓の労苦と神の恵みを思い起こしつつ、感謝することの大切さを教えています。
都市型のライフスタイルにあって、普段の生活ではなかなか感じることができない自然の恵みや、収穫の喜びかもしれませんが、「日々の食べ物を与えられている感謝」は私たちが忘れてはいけない感覚であり、精神だと思います。どうぞご家庭においてもこのことを皆さんで話し合い、食への思いを新たにされたり、またお子さんの食への関心を高めたりする機会としていただければ幸いです。
園長 石川 勇
2024年10月 振り返り
5ヶ月前
◆共に生きる -振り返り-
活動の2学期、幼稚園では秋の季節をこころと身体いっぱいに感じ、ゆたかに過ごしています。そんな中、先日は大きな取り組みでもあるプレーデーが行われました。この機会を通して子どもたちは「広い場所で思い切り身体を使ってあそぶ」楽しさを体験できたのではないかと思いますし、ご来場くださったお家の方々には、お子さんのがんばる姿や、楽しんでいる姿をご覧いただき、成長を感じていただける機会となったのではないかと思っています。良いプレーデーとなるよう、たくさんの方々にお手伝いいただきました。あらためて皆様のご協力に感謝申し上げます。
さて、今月は「振り返る」ことについてご一緒に考えてみましょう。節目を迎えた時や、方向性・目標を定めようとする時などに、よく私たちは「振り返る」という行動をします。仕事でも「振り返る」ことは、良い仕事する上で重要なルーティンの一つです。振り返ることには、「良かったことを確認し、正すべき課題を整理して、それらを次に生かす」という意味と、「経験したことを深く心に刻む」という意味があるように思います。
時間は私たちが考えようと考えまいと過ぎていきますし、記憶も時間とともに薄れていきます。ですから、同じ時間ならば、「なんとなく過ぎていく時間よりも充実した時間を過ごしたい」、「あいまいに記憶するよりも鮮明に記憶しておきたい」と誰でも願うのではないでしょうか。そこで、「日々の振り返り」が大切になってきます。毎日日記をつけることは大変かもしれませんが、一日の終わりにその日を振り返る時を持ち、印象に残ったことを一言メモしてみたり、明日に向けて小さな目標を考えてみたりするだけでも、新鮮な気持ちで次の日を迎える、あるいは深く心に刻むことにつながっていくと思います。特にお子さんの一日は大人以上に貴重なものとして考え、ぜひお子さんとも一緒に「振り返る」時間を大切に、そして楽しんでみてください。
『のろくてもいいじゃないか 新しい雪の上を 歩くようなもの
ゆっくり歩けば 足跡がきれいに残る』 (星野 富弘「雪の道」1986年)
お子さんとじっくりと向きあって過ごせる時間は案外短いものです。先を急ぎ、前ばかり見て歩いたり、(ただただ何となく)惰性で歩いたりしていては大切なものを見落としてしまいます。人生の土台となるこの幼児期だからこそお子さんと一緒にゆっくり丁寧に、また充実して毎日を歩んでいきたいものですね。将来振り返った時に、きっとご家族の思い出の中に「いつまでも消えない足跡」がきれいに残されていることでしょう。
◆今月の聖句 「いかに楽しいことでしょう 主に感謝をささげることは」 (詩編92:2)
秋の季節を迎えました。「~の秋」というように秋にはいろいろな名前があります。食欲の秋、スポーツの秋、読書の秋…といった具合です。暑かった夏が過ぎ、涼しく過ごしやすくなりました、私たちもいろいろな秋を見つけて、感じて、いろんなことにチャレンジしてみましょう。
その中でも今日は「実りの秋」について考えてみましょう。秋は神さまのめぐみをたくさん感じられる季節です。私たちの食卓にはこの秋に収穫したたくさんの食べ物が並べられ、森に出かければそこに住む動物たちのご飯になるたくさんの実りを見ることができます。この神さまのめぐみは私たちだけでなく、世界中の人たちからお山に住む動物たちまでに及び、みんな神さまのめぐみの中で生きているのです。ですから私たちも「与えられているめぐみ」に気づき、神様にありがとうをお伝えしましょう。讃美歌を歌う歌声、私たちの祈る声が神さまに届きます。それだけではなく、「私たちの心」も神さまに届くのです。ですから、どういう心で讃美歌やお祈りをお捧げするのかが大切ですね。
うれしい心とありがとうの心、そして素直な心で一緒に賛美を捧げ、しっかりと耳を傾け、心を合わせてお祈りを捧げたいと思います。この秋、心も大きく育てましょう。(子どもの礼拝要旨)
園長 石川 勇
2024年9月 経験
7ヶ月前
◆より良い幼児期を目指して -経験-
夏休みが終わり、2学期がスタートしました。今学期は「活動の2学期」と位置づけて、秋から冬へと移りゆく季節をこころと身体いっぱいに感じ、楽しみたいと思います。今学期もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、今月は子どもたちの「経験」についてご一緒に考えてみましょう。何によらず私たちは「経験」に基づいて考え、また行動して今を過ごしています。目の前にある出来事をそれまでに経験した出来事とすり合わせながら想像し、見通しを立ててどう行動したらよいのかを考えます。ですから経験のないことに遭遇すると、どのように行動したら良いかわからずに戸惑い、大きな不安や心配を抱きます。
ある動物園に「泳げないペンギン」がいたそうです。このペンギンはヒナの時にお母さんを亡くし、その後は飼育員さんが育てたそうですが、泳ぐことを教えるのは非常に困難で、結局泳げないペンギンになってしまったそうです。ペンギンにとって泳げないことは致命的であり、当然自然界では生きていくことができません。ペンギンが一人前に育ち、生きていくにも親から子への教育があり、また経験を積み重ねていく日々が必要であることを思わされるお話です。
人間にも社会の中で一人前として生きていくために大切な「知恵や業」があると思います。そしてこれらのものは幼い頃から教えられ、また経験を積み重ねながらだんだんと身につけていくものです。ですから、子育てにおいて目標をしっかりと持ちつつ、かつ長いスパンで(時間をかけて)焦らずにゆっくりと関わり(教え)、経験させてあげることが必要なのです。昔と違って、今は生きる術を教えてくれる周囲の大人(おじいちゃん、おばあちゃん、近所・地域の人など)が身近にほとんどいない時代ということもあり、ご両親の役割はおのずと増えているかもしれませんが、人間版「泳げないペンギン」にしないためにも家庭の教育や経験について今一度考えてみることがとても大切であると思います。
20年かけて、お子さんを「自分の足で歩けるように」見守り、育てていくことが子育ての目標であり、子育ての醍醐味であると思います。子育ては決して親の思い通りの子どもにしていくことではありませんし、逆に子どもの思う通りに何でもしてあげることでもありません。どうぞこれからもお子さんの成長にとって「いい経験」を積み重ねていけるよう、ご家庭での関わりや環境を考え、実践してまいりましょう。
◆今月の聖句 「あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。」 (コリントⅠ12:27)
体は、手や足、鼻や口というようにいろいろな部分が集まってできています。手には手の、足には足の、鼻も口も、みんなそれぞれに違う仕事をして、でも互いに協力し合って体のために働いています。例えば、ご飯を食べる時には目や鼻が働いてそれがおいしいものなのか、どこにあるのかを確かめます。そして、手や指が働いて食べ物をつかみ、口に運びます。口は食べ物を小さく噛み砕いて体の中に入れるお仕事をしてくれます。さらに、おなかの中にもそれを消化して栄養にするためのいろんな働きを持つ部分があって私たちは生きていけるのです。これらの部分でどこが一番偉いかとか、凄いかとか考えても仕方ありません。むしろ体のためにみんなが協力して働くことが大切ですし、体にとってそのすべてが必要なのです。
さて、体の部分が違うように、私たち一人ひとりも皆それぞれに顔も性格も、得意なことも違っています。お話しが上手な人、よくお話が聞ける人、歌の上手な人、やさしい人、頭のよい人、体が強くて力持ちの人…。このように一人ひとり違う私たちですが、やはり誰がこの中で一番偉いとか、凄いとか考えても仕方ありません。体の部分のように、つながっているイエスさまの御用をお手伝いできるように自分の力を発揮し、みんなと協力していくことが大事なのです。イエスさまの御用とは何でしょうか。それは、「平和な世界、人々が互いに愛しあえる世界」を作る事です。
幼稚園でも、お家でも、これから大きくなって大人になっても、ずっとイエスさまにつながっている私たちでいましょう。そして、それぞれの力を発揮して、周りの人たちと力をあわせ、平和な世界、互いに愛しあうことができる世界を作れる私たちになりましょう。(子どもの礼拝要旨)
園長 石川 勇
2024年7月 安定と刺激
9ヶ月前
◆より良い幼児期を目指して -安定と刺激-
幼稚園では毎日元気な子どもたちの声が響き、いよいよ充実して毎日を過ごしています。気がつけばまもなく一学期の終業を迎えようとしています。それぞれに新しい環境の中でスタートした今学期でしたが、先生や仲間と出会い、共に歩みを重ねることができた貴重な日々であったと思います。この「出会いの一学期」を通して子どもたちは一回り大きく成長することができました。こうした「ゆたかな日々」を歩めたのも、ご家庭の本園の教育活動に対する深い理解とご協力のおかげであると教職員一同皆さんに心よりの感謝を申し上げたいと思います。
さて、間もなく長い夏休みを迎え、ご家庭でお子さんと過ごす時間も長くなりますが、ぜひ安全で有意義な夏休みを過ごしていただきたいと思います。今回、生活を豊かにするキーワードとして、「安定と刺激」という言葉をご紹介したいと思います。子どもの成長にとって毎日の生活が「安定」していることは何よりも大切です。そのためには、なるべく生活リズムを一定に保ち、活動と休息のメリハリをつけることや、子どもの生活時間(食事、就寝時間など)、環境(あそび場、テレビ番組の選別、時間管理など)を管理してあげることが必要です。また、管理するだけでなく、お子さんが自ら「見通しを持って生活できるように」いろいろと工夫してみるとよいと思います。例えば、生活の流れが目でもわかるように、起床から就寝までの時間や活動を書いた(描いた)紙を壁に貼り、お子さんと一緒に見通しを立てながら生活するのも良いアイディアですし、また、家族の役割を決めておき、お子さんにも何かの係りをしてもらったり、あるいは家事のお手伝いをしてもらったり、近日中に幼稚園から持ち帰る「夏休みのお約束表」を活用し、ご家族で夏休みの「お約束」を話し合い、皆で実行したりするのも日常生活を安定させる良い取り組みとなるでしょう。親が管理し指示する生活から、少しずつでも主体的な生活が送れるように、安定した生活を通して「自分で考え行動できる力」を身につけさせてあげたいものです。
一方の「刺激」は時々訪れる「ワクワク・ドキドキ」の機会です。夏休みはお出かけや旅行など普段できないような体験をするチャンスです。お出かけや旅行ができなくても、「公園に行って遊ぼう!」でも子どもにとっては十分な刺激となります。是非ともお子さんと一緒に計画し、「指折り数えて」その日を迎えられるようにしてあげましょう。
このように、安定した毎日の生活と、時々訪れる刺激を上手にデザインして毎日の生活をぜひ考えてみてください。夏休みは親子関係を見つめ直す時でもあると思います。成長に応じた親の関わりに気付いたり、さらに親子関係を強く、太くしたりできる時です。どうぞ夏休みを有効に使って有意義な時をお過ごしください。
◆今月の聖句 「平和を実現する人々は幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」 (マタイ5:9)
平和とは、みんなが争うのではなくて、みんながやさしい気持ちをもって支え合い、お互いを大切にしあうことを言います。人と人とが争うと「言い争い」や「ケンカ」となりますし、国と国とが争うと「戦争」となってしまうことさえあります。
神さまはこの世界をお創りになられた方であり、私たちも神さまに創られた一人ひとりです。神さまは私たちが自分勝手な考えでお互いに争い、傷つけあうことを望んでおられるでしょうか?きっとそうではなくて、私たちがお互いに助け合って、大切にしあう、「平和な世界」を作ることを望んでおられると思います。
平和を実現するとは、平和を作り出すということです。私たち一人ひとりが「平和を作り出す」気持ちを持って毎日の生活を過ごすことが大切なのです。そのためには「相手の気持ち」に気づいたり、考えたり、その人の立場になって考えたりすることが大事ですし、みんなで心や力を合わせることも大切です。
これからも、お家では家族に対して、幼稚園でもお友だちや先生に対して、「みんなが平和でいられるように」考えてすごせる皆さんでいましょう。そして、神様に喜んでいただける行いができる子どもとして大きくなっていきましょう。
(子どもの礼拝メッセージ要旨)
-夏の安全-
戸外に出る時、特に以下の点に気をつけましょう
1. 直射日光、気温
夏の日差しは身体に大きな負担をかけます。必ず帽子をかぶり、直射日光の下で長時間遊ばないように気をつけましょう。また、気温に対しても適切な判断が必要です。30℃を超えるような炎天下の中で遊ぶ時には、熱中症(日射病、熱射病)や、過度な日焼けへの対策をしっかり講じておきましょう。木陰を上手に活用して遊ぶ、涼しい場所で休憩をしっかりとることなども大切なポイントです。
2. 水分補給
子どもの体重は大人の1/3以下であることを常に考慮しましょう。身体の貯水量(タンク)が大人に比べて小さい反面、発汗量は大人と同じと考えれば、大人の何倍も給水をする必要があるというわけです。夏の季節は特に脱水症に注意が必要です。
3. TPOに合わせた服装
暑いからといって肌を露出したまま藪や森に行くのは危険です。草むらにはかぶれる草や毒虫、トゲなどが潜んでいます。夕方などにはヤブ蚊等も大量発生します。草むらに入る時には少なくとも長ズボン、靴下、靴という服装で、必ず虫除けもしていきましょう。また、万が一の時に備えてファーストエイドは用意しておきたいものです。
4. 水上安全
夏の季節に一番気をつけたいのは水の事故です。ご家庭で海や川、プールに出かける機会がある場合は、絶対にお子さんから目を離さないように、また、水温、水深、流れなどはもちろん、入水時間も必ずチェックして遊ばせましょう。また、休憩時には日陰で保温、水分補給を十分にさせましょう。特に海や川では必ずライフジャケットを着用しましょう。
5. その他
・ 規則正しい生活に心がける:就寝・起床・食事・帰宅時間など
・ 健康管理に気をつける:手洗い、うがい、寝冷え、クーラーも適度に
・ 健康に、安全に過ごせるアイディアを子どもと一緒に考え、家族で守る
-家庭でできる手軽なあそび-
■道具が必要ないもの
なぞなぞ・クイズ・ジャンケン・手遊び・歌・かくれんぼ・おにごっこなど…
■道具を使って
サッカー・キャッチボール・フリスビー・縄跳び・自転車・花火・お絵かきなど…
■工作して
魚釣りゲーム・お面・たたかいごっこ・ダンボールのお家作り・仮装・粘土など…
ちょっとしたアイディアで楽しい活動ができるはず。お子さんと一緒に計画してみてはいかがでしょうか。
園長 石川 勇
2024年6月 ベターな生活の中から
9ヶ月前
◆よりよい幼児期を目指して -ベターな生活の中から-
梅雨の季節を間近にひかえ、いよいよ夏が近づいてきました。保育も一学期の高まりを見せ、子どもたちの元気や意欲もぐんぐんと育ってまいりました。これからの日々も、遊びや友達との関係をさらに充実させていくことを願って歩んでいきたいと思います。子どもたちの毎日をどうぞご一緒に喜び、また応援してください。
さて、今月は「ベターな生活の中から」と題して、ご一緒に「より良い幼児期」について考えていきたいと思います。「ベストを尽くす」という言葉がありますが、これは自分の持っている能力を最大限に使って取り組む姿勢を表す時に使われる表現です。このような表現は学校や職場においてもよく使われます。「何事も一生懸命に取り組むことが大切です」、「業務の成績を上げるために各自のベストを尽くして」等々…。確かに目的達成のために一生懸命に取り組み、結果を出すことは素晴らしいことでもあり、自分自身にとっても大きな達成感を感じられることでありますが、同時に費やす労力も大きく、気力や体力を著しく消耗させます。過度の緊張や集中が蓄積されると、あるいは結果が伴わないような場合に、過労や挫折となって燃え尽き症候群やうつ病などの疾病につながっていくと言われています。終わりの見えない競争に疲れ果て目的を失い自殺してしまう若者達、頑張って成績を出しても翌月にはその上のノルマを課せられるような毎日の中で身体を壊してしまう人達などの話を聞くと、「何のための人生なのか」と考えさせられます。
これは子育てにおいても同じです。子どもへの期待や要求が高いほど指示や注意が増え、子どもからしてみれば「ベストを尽くし続けなくてはならない」毎日となりますし、親の求めどおりに子どもが反応しない場合には親にとっても大きなストレスとなっていきます。「何回言わせれば気がすむの!」とか、「こんなにやっているのに!」といったぐあいに…。「この子にはこんな大人になってもらいたい」と願いを持つことは素晴らしいことですが、願いは願いであって、それを「課題」にしてはいけませんし、結果をすぐに求めることも、親の思う通りにさせようと考えることも間違いです。親御さんにはお子さんの評価者ではなく、「良き理解者」になってもらいたいと思います。成長の階段を順調に上がる子もいれば、二段あがって一段降りながら成長していく子もいます。子どもにはそれぞれ個性があり特徴があるのですから、その個性や特徴を良く「理解して」あげ、「十分に認めてあげる」ことが大事なのです。皆さんには、「たとえ将来、この子が誰からも愛されず、理解されなくなっても、私だけはこの子を愛し、理解してあげられる存在でいたい」と思う親御さんになってもらいたいと心から願います。
「ベターな生活」とは、第一に現状に満足、感謝することから始まります。足りないものを探すのではなく、与えられている幸せに気づき、「今」を充実させていこうとする生活であり、自分自身に対しても等身大を心がけ、いつも心に余裕を持てるように気をつけながら、「より良く快適に」生活するための小さなアイディアを一つひとつ実践していく過ごし方です。生活の過ごし方(リズム、身辺自立、会話…)、食事、環境(部屋の使い方、明るさ、香り…)、その他(お手伝い、ベッドタイムストーリー、絵本…)など、お子さんとの生活をより充実させるヒントはたくさんあると思います。どうぞベターな生活の中から子育てを見つめ直し、お子さんの理解を深め、また家族の絆を強めて、これからもずっと続いていく家庭生活が「愛と笑顔」にあふれるように願い、歩んでまいりましょう。
◆今月の聖句 「幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。」 (ルカ11:28)
聖書を開くとたくさんの「神さまの言葉」が書かれています。独り子であられるイエスさまがその口を通して私たちに語った様々な言葉や、その教えを受けた弟子たちが書き残した言葉などです。聖書にはまた、人間の持つ性(さが)や弱さ、不完全さについても多く触れられています。私たちは他の動物とは比較にならないほどの高い知能を持つ存在でありながら、そうであるからゆえに傲慢になり、結果自らの首を絞めるような愚かさを持つ存在でもあります。
自分の命は自分のものではなく、神様から与えられたものであると考えるからこそ大切にできるのです。同じように、この世界も神さまから託されたものであるからこそ皆で平和を創り大切に残してしていかなければならないと思います。私たちは子どもたちへ「一つのものを奪い合うよりも分け合う価値」を、「限りあるものを独り占めするよりも周りの人や後の人のために大切に残す価値」を教えていかなければなりません。なぜなら、聖書に書かれている神さまの言葉は「愛と平和」そのものなのですから。
園長 石川 勇
2024年5月 好きなものを見つける
11ヶ月前
◆よりよい幼児期を目指して -好きなものを見つける-
今年度の保育が始まって一ヶ月が過ぎました。クラスや先生、友達、生活リズム・・・。こどもたちは、戸惑いながらも新しい環境に順応すべく、毎日はりきって過ごしています。一日の頑張りは、疲労になって残ります。体調を崩さないように十分に休養をとるよう心がけましょう。
さて、4月には安心できる環境作りというテーマで、「園と家庭の連携」や「フォローアップ」ということを主に考えましたが、今月はもう一歩階踏み込んで、「好きなものを見つける」というテーマで充実した幼児期を考えてみたいと思います。
「生き物好きが高じて獣医さんになった」というようなエピソードを耳にすることがあります。まさに「好きこそ物の上手なれ」の極みだとうらやましく思ったりもしますが、そこまでではないにしろ、好きなことに夢中で取り組むことは年齢を問わず、知識や能力の幅を広げ、意欲や好奇心を高めさせ、生活を充実させます。子ども達には好きなものを見つけ、とことん遊んでほしいと心から願います。
ところで、同じ環境で過ごしていても子どもによって好きなもの(興味を示すもの)は違います。嗜好は人それぞれなので当然ではあるのですが、このことを理解していない大人(親)も案外少なくないような気がします。つまり、子ども同士で興味が違うように、「親と子ども」においても興味の対象が違って当然だということです。こどもは時に親にとってあまり歓迎したくないようなものに興味を持ったり、こんなものを好きになってほしいと思うものにはまったく興味を示さなかったりする事があります。そのような場合に「~はお母さん嫌いだからやめてちょうだい」、「お父さんが小さい時にはなぁ~」とついつい批評し、興味を転換させ、親自身の興味のあるものを好きにさせようとしてしまいがちです。もちろん子どもにとって明らかに良くないものは別として、このような時にこそ「違って当然」という気持ちを持つことが重要だと思います。「へぇ~そんなものが好きになったんだ~!お父さん(お母さん)にも教えてよ」と一緒に興味を示したり、称賛したりすることができれば子どもの意欲はますます高まるでしょう。
例えば「絵」も、初めはただの線やなぐり書きのように見えるものから始まります。しかし、絵には必ず子どものテーマ(メッセージ)があるのです。その絵を以って批評するのではなく、何を描こうとしたのかを理解してたくさん褒めてあげることが子どもの意欲を高め、「また次に描いてみよう」という気持ちをつくります。絵は自分の気持ちを表現する一つの手段ですから、「正確に描く」ことよりも「何を描いたか(描きたいか)」が重要です。色使いや描く絵の大きさ、力強さに子どもの心を見ることができます。パパやママを描くのは「大好きな気持ち」の表現であり、その絵をパパやママにほめてもらうことで「自分が愛されていること」を実感できるのです。そして「次はどんなものを描こうかな?(何で喜ばせようかな?)」と想像を巡らせながら繰り返し描いているうちに、だんだんとイメージの世界が広がり、上手に描けるようになっていきます。
子どもが抱いた興味が入り口となってどの方向へ伸びていくだろうかと想像すること(ただし押しつけにならないように気をつけること)は大変結構なことだと思います。例えば、最近「虫」に興味が出てきたことが分かったならば小さな図鑑を一冊用意してやり、お休みの日にでも一緒に虫を探しに出かけてみる。捕まえた虫を飼うために一緒にその虫について調べてみる(どんなものを食べるのか、どんな環境で暮らしているのか、どんな特徴があるかなど)。このように、子どもと一緒に親も興味を持ってみると「子どもと一緒に」楽しむことができますし、昆虫の世界から動物の世界へ、そして自然へと興味の幅が広がる可能性も十分にあるのです。電車を入り口に車種やその働きを知り、お休みの日などに実際に乗りに行く経験を通して乗り継ぎや、駅(地名)の知識、やがては旅の計画、地図などへ興味が広がっていくことも考えられるでしょう。
好きなものに夢中になることで生活が充実し、そのきっかけに大人(親、教師)の共感や称賛が大きく影響すること、そして繰り返しながら遊ぶことによって上手になったり、興味の幅が広がったりしていくことを考えてまいりました。子どもと同じ土俵に立つと、その柔軟さや発想の豊かさなどに驚かされます。お子さんが見つけてくる様々な興味にできるだけ目を留めて、その楽しさを一緒に味わえていけたら素晴らしいですね。
◆今月の聖句 「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない」 (詩編23:1)
羊の群れを率いて養っていく人を羊飼いと呼びます。羊飼いは何百、何千というたくさんの羊を青草に連れて行き、水のほとりに導き、羊を襲うオオカミや盗人から羊を守ります。
私たちは羊のような存在で、神さまは私たちの羊飼いです。神さまは私たちを養い、危ないものから守ってくださいます。また神さまは私たち一人ひとりを愛してくださり、一人ひとりに目を留めて、私たちの心の祈りに耳を傾けてくださいます。ですから私たちも神さまに守られて安心して過ごせるのです。
羊が羊飼いを信頼して従っていくように、私たちも神さまに心を開き、信頼して、いつも「ありがとうございます」の心を忘れずにすごしていきましょう。そして、神様に喜んでいただけるような子どもになっていきましょう。(子どもの礼拝要旨)
園長 石川 勇
1
次 ›
»