• 2012年度9月 ⑤あたまとからだ、そしてこころ6年前

    ◆よりよい幼児期を目指して -⑤あたまとからだ、そしてこころ-

    夏休みが終わり、喜びいっぱいに2学期が始まりました。夏から秋、そして冬へと移りゆく自然を身体いっぱいに感じながら、今学期もこども達の成長を見守っていきたいと思います。皆さんで力を合わせてよい学期としていきましょう。2学期もよろしくお願いいたします。

    さて、今月は「あたまとからだ、そしてこころ」というテーマでよりよい幼児期を考えてみましょう。
    “頭でっかち”とか“うどの大木”という言葉があります。大そうなことは知っていても行動や体力が伴わない、あるいはその逆で、体格は立派でも頭や心がついていかないというように「頭や心と体のアンバランス」を表す言葉ですが、いかに人の成長にこれら(頭・体・心)のバランスが大切であるかを考えさせる言葉でもあると思います。

     お金さえ出せば何でも簡単に手に入る便利な時代、知識や情報も、塾や習い事も多種多様に用意されている時代ですが、考えなしにただこれらの渦の中で流されるように生き、たくさんのことを詰め込むように身につけたとしても、うわべだけで芯のない大人になってしまうでしょう。やはり「生きる本質=何のために生きるのか」をしっかりと持った芯のある大人へと成長してもらいたいと心から願います。心は頭と体をコントロールする中心です。心次第で頭も体も使われ方がまったく変わっていきます。しっかりとした心(信念)のもとに知恵や体力は活かされるべきであると思います。

     幼稚園でも「心が育つ保育」を目標として、一方通行の保育とならないように、相互の関わりや、一人ひとりの意欲、主体性に目をとめて保育を行っています。教師の言うことに盲目的に聞き従うような参加では健全な成長は期待できないからです。子どもたちにも小さいながら意思や意欲があります。その芽を摘むのではなく、伸ばし、広げていけるような関わりや環境作りが何よりも大切であると考えています。ご家庭においてもぜひ「親の言うことに従う子ども」を期待するのではなく、「意思のある子ども」に成長していくことを期待し、その意思に対して良い影響を与えられるような関わりや、家庭の在り方、親の生き方などを考えていってください。「お父さんやお母さんは何のために生きているのか」をお子さんに(背中で)語れるような家庭生活を送れるならば、お子さんの心に一生涯続く大切なメッセージがしっかりと継承されていくのではないでしょうか。そしてその意思(心)のもとで、はじめて頭も体も調和のとれた大人に成長していくことができるのだと思います。


    ◆今月の聖句 「あなたがたはキリストの体であり、また一人一人はその部分です」(コリントⅠ12:27)

     
     「この世界にあるあらゆるもの」は神さまによって創造されたと聖書に記されています。私たちも神さまの被造物であり、神さまの前では権威も年齢も関係なく等しい存在であります。ですから教会では互いを「兄弟姉妹」と呼び合い、敬い合って教会生活を過ごします。今月の聖句は、この教会生活の在り方について語っている個所です。神さまの独り子でいらっしゃるイエスさまを体として、教会に連なる信徒はその体を形作る部分として互いに主張しあうのではなく助けあい、自分勝手になるのではなく連動し、仕えあう重要性を説いています。

     教会に限らず、社会においても同様であると思うことがたくさんあります。見渡せば、自己中心的な主義主張が横行し、責任を押し付け合うような見苦しい社会の一面が目立ちます。社会を体に例えればバラバラに崩壊しているような状態、何に中心をおき、どう一致すればよいのかわからない現状であると思います。

     一方、昭島幼稚園の社会はどうでしょうか。子どもたちは互いに手をつなぎあい、支えあって共に大きく育っていこうとしています。教師も父母も互いに理解、協力しあってその成長を心から応援しています。子どもが中心となり、大人も一つの体のように連動しているのです。私たち個々を見れば違う人格、価値観も大きく違うかもしれません。しかし、「子どもたちの健やかな成長のため」という共通の目標を中心に置いた時に、その違いを乗り越えて互いに理解し、心や力を合わせることができるのです。これからも主張しあうよりも聞きあうことを、理解されるよりも理解することを求める私たちでいたいと思います。

     


    園長 石川 勇

  • 2012年度7月 ④生活のリズム(環境)6年前

    ◆よりよい幼児期を目指して -④生活のリズム(環境)-

    まもなく一学期の保育も終業を迎えます。新しく始まった今年度の保育も、かけがえのない毎日を積み重ねて、子どもたちの輝く笑顔と元気な声に包まれる日々とすることができました。これまで父母の皆さんと心と力を合わせて歩んで来られたことを嬉しく思い、また皆さんの保育に対する深い理解とご協力に心よりの感謝を申し上げます。

    今月のテーマは「生活のリズム」です。幼児にとって生活をどのようなリズム(環境)で過ごすかは、健康面においても、成長面においても大変重要なテーマであるばかりでなく、今過ごしている生活のスタイルが将来の「生活力」にも直接つながっていくことを考えると、幼児期の生活全般についてよく考え、実践していくことはとても意味があり、大切であると思います。

    基本的生活習慣という言葉がありますが、主に食事、睡眠、排泄、清潔、衣類の着脱、(時にはあいさつなども含む)を指し、これらは幼児期に身につけるべき習慣であり、同時にそれぞれにおいて自立することが幼児期の大きな目標とされています。逆に言えば、お子さんがこれらの習慣を身につけ、また自立できるように「親御さんが」目標をもって家庭環境を整え、援助していくことが求められているとも言えます。お子さんが良い習慣を身につけ、自ら自立に向かって意欲的に歩めるようにしたいものです。

    良い習慣を獲得するための基本は、「子どもの生活時間をしっかりと設定し、きちんと守ること」です。幼児の生活モデルは、7時起床(洗面、排泄)、8時朝食、(活動)、12時昼食、(活動)、15時おやつ・休憩、夕刻入浴、18時夕食、就寝準備、20時(21時)就寝とされています。特に食事と就寝、起床時間は「絶対枠として」毎日の時間を固定し習慣づけることが重要です。この絶対枠が崩れるとメリハリの利かない、だらしない生活となり、心身の健康にも悪影響となりますので、くれぐれも「大人の生活時間」に子どもをつきあわせるなどして良い習慣が崩れることのないように気をつけましょう。

    この基本の上に「いかに生活の自立を図っていくか」を考えていきますが、「自立=意欲」と言ってもいいほどお子さんの気持ちづくりが大切だと思います。幼稚園で受けてくる友達からの刺激や、クラス活動の体験などを上手に生かして自立へと導いていくのも一つの良い方法でしょう。また、特に料理や洗濯などの家での仕事を積極的にお手伝いしてもらうことは良い自立への導きとなりますし、お子さんの生活力も向上させていく取り組みであると思います。「何でもしてあげる」ことがむしろお子さんの成長を妨げることを知り、どうぞ親御さんの発想を改めて、「何だったら自分でできるかな」という視点でお子さんの生活を見直してあげましょう。そして、できたことを心から喜び、ほめてあげましょう。

    間もなく長い夏休みを迎えます。夏休みは親子関係を見つめ直す時でもあります。どうぞ日々の生活を充実させて、幼稚園で一回り大きくなったお子さんとの楽しい毎日をお過ごしください。


    ◆今月の聖句 「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」(ローマ12:15)

     
     週に一度の全体礼拝では全クラスが礼拝堂に集い、皆で礼拝をささげます。礼拝の中では賛美歌を歌い、祈りや献金を捧げ、聖書のお話を聞く時間を持ちます。子どもたちは小さいながら、しかし一生懸命に与えられた御言葉やお話しに耳を傾け、心を用いて礼拝に参加しています。

     喜ぶ人と一緒に喜ぶことができる人、泣いている人と一緒に泣くことができる人とは、その人の気持ちになって考えることのできる人です。言いかえれば、他の人と「心を合わせる」ことができる人ではないでしょうか。幼稚園の毎日の中でも心を合わせる時はたくさんあります。礼拝の中でもお祈りする時、賛美歌を歌う時、お話を聞く時など…。例えばお祈りであっても、「心を合わせて」お祈りをするということは、お祈りの言葉にしっかりと耳を傾けて「本当にそうだな、このお祈りを神様に聞き入れていただきたいな。」と思って祈ることですし、賛美歌を歌う時でも、前にある十字架をしっかりと見ながら、「神さまにきれいな声で賛美歌をお捧げしよう」と思って歌うことが大切だと思います。幼稚園の毎日でもお友達と心を合わせて、お友達の気持ちに気づいて、そのお友達の気持ちになって一緒に考えてあげられる一人ひとりになりましょう。(礼拝でのお話し要旨)


    ◆夏の安全

    戸外に出る時、特に以下の点に気をつけましょう

    1.直射日光、気温
    夏の日差しは身体に大きな負担をかけます。必ず帽子をかぶり、直射日光の下で長時間遊ばないように気をつけましょう。また、気温に対しても適切な判断が必要です。30℃を超えるような炎天下の中で遊ぶ時には、熱中症(日射病、熱射病)や、過度な日焼けへの対策をしっかり講じておきましょう。木陰を上手に活用して遊ぶ、涼しい場所で休憩をしっかりとることなども大切なポイントです。

    2.水分補給
    子どもの体重は大人の1/3以下であることを常に考慮しましょう。身体の貯水量(タンク)が大人に比べて小さい反面、発汗量は大人と同じと考えれば、大人の何倍も給水をする必要があるというわけです。夏の季節は特に脱水症に注意が必要です。

    3.TPOに合わせた服装
    暑いからといって肌を露出したまま藪や森に行くのは危険です。草むらにはかぶれる草や毒虫、トゲなどが潜んでいます。夕方などにはヤブ蚊等も大量発生します。草むらに入る時には少なくとも長ズボン、靴下、靴という服装で、必ず虫除けもしていきましょう。また、万が一の時に備えてファーストエイドは用意しておきたいものです。
    その他、山登り、水遊び、キャンプなどそれぞれTPOに合った服装で出かけるようにしましょう。

    4.水上安全
    夏の季節に一番気をつけたいのは水の事故です。ご家庭で海や川、プールに出かける機会も多いと思いますが、絶対にお子さんから目を離さないように、また、水温、水深、流れなどはもちろん、入水時間も必ずチェックして遊ばせましょう。また、休憩時には日陰で保温、水分補給を十分にさせましょう。

    5.その他
    ・規則正しい生活に心がける:就寝・起床・食事・帰宅時間など
    ・健康管理に気をつける:手洗い、うがい、寝冷え、クーラーも適度に
    ・健康に、安全に過ごせるアイディアを子どもと一緒に考え、家族で守る


     -家庭でできる手軽なあそび-

      道具が必要ないもの
       なぞなぞ・クイズ・ジャンケン・手遊び・歌・かくれんぼ・おにごっこなど…
      道具を使って
       サッカー・キャッチボール・フリスビー・縄跳び・自転車・花火・お絵かきなど…
      工作して
       魚釣りゲーム・お面・たたかいごっこ・ダンボールのお家作り・仮装・粘土など…
      おでかけして
       公園・動物園・水族館・博物館・プール・映画・虫取り・木登り・山登りなど…
      スペシャル企画
       旅行・帰省・キャンプ・バーベキュー・天体観測・お友達のお家にお泊りなど…

     ちょっとしたアイディアで楽しい活動ができるはず。お子さんと一緒に計画してみてはいかがでしょうか。






    園長 石川 勇


  • 2012年度6月 ③あそびの中の動と静6年前

    ◆よりよい幼児期を目指して -③あそびの中の動と静-

    6月に入りました。幼稚園では家庭訪問や保育参観などの機会を通して、ご家庭と幼稚園がより相互の理解を深められるように努めています。どうぞ担任の先生を中心として豊かに交わり、お子さんの成長をご一緒に考え、応援してまいりましょう。またお気づきの点などがありましたら、どんなことでもご相談ください。

    今月はあそびの中の「動と静」についてご一緒に考えましょう。活発に身体を使って遊んだり、ゆったりと落ち着いて遊んだり、「あそび」にはいろいろな種類があります。活発に遊ぶ方を動的なあそび、落ちついて遊ぶ方を静的なあそびとして考えた時に、どちらの傾向を好み遊ぶかは、子どもの性格や年齢などによっても違いがあるでしょう。幼稚園でも自由時間のあそびなどを観察していると、一目散に走り出し、友だちと追いかけっこや戦いごっこを始める子ども、砂場で黙々と造形や見立てあそびをする子ども、遊具や鉄棒などのチャレンジをする子ども、虫探しや泥団子づくりに没頭する子どもなど、同じ園庭内の同じ時間であっても子どもによって遊び方はそれぞれです。

    「動と静」のあそびにはそれぞれに楽しさがあり一概には言えませんが、動的なあそびには主に冒険心(挑戦や競争など)をかきたてるような魅力が、静的なあそびにはイメージを膨らませ、また集中して「自分の世界を開拓していく」ような魅力があるように思います。大好きなあそびに出会い遊び込んでいくことは、これらの魅力に触れ、その世界に深くのめり込んでいくことであり、子どもたちはそこから成長に必要なたくさんのことを学んでいきます。ですから動的なあそびであれ、静的なあそびであれ、「夢中になって遊ぶことのできるあそび」に出会うこと自体が幼児期における大変重要な目標となります。「うちの子は戦いごっこばかりで落ち着きがない」とか、「あそびが終われなくて困る」とかよく耳にしますが、したいあそびをとことんしていくことで遊ぶ力も身につき、あそびも成長していくのですから、そのあそびをやめさせるよりはむしろ、もっと十分に、あるいは豊かに遊べるよう、時間や環境を整えてあげたいものです。こうしていろいろなあそびと出会い体験する中で、動と静の魅力的な世界を存分に味わい、どちらも楽しむことができる子どもに成長していくのではないでしょうか。

    あそびの価値を知らない大人は、子どものあそびを単なる時間つぶしや暇つぶしとしてしか捉えられません。ぜひお子さんのあそびに目を向けて、そのあそびの面白味はどこにあるのか、何に対して夢中になっているのかなどに着目して観察し想像してみると、きっとお子さんの理解や成長につながる発見がたくさんできるのではないかと思います。どうぞお子さんが見つけたあそびを大切にしていってあげてください。


    ◆今月の聖句 「種は良い土地に落ち、実を結んで百倍、六十倍、三十倍にもなった」(マタイ13:8)

     
     今月の聖句は、「種を蒔く人」のたとえという、イエスさまの語られた大変有名なお話です。

     「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は石だらけで土の少ないところに落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。耳のある者は聞きなさい」(マタイ13:1-9)

     先日の子どもの礼拝では理事長先生からお話をしていただき、しっかりとお話を聞くことのできる子どもは、良い土地に落ちた種のように「心の大事な場所」にそのお話を落として、いつまでも忘れることなく、また百倍にも六十倍にも実を結ぶことができるのですよというお話をしていただきました。同じお話であっても、どのような心で聞くかによって伝わり方が違ってきます。大切なお話がしっかりと心に入るように、心を整え、また耕していくことが大切であることを子どもたちは学んでいます。

     普段の生活の中でも、日々の糧が与えられていることや、平和に過ごせること、家族が健康でいることを当たり前としないで「感謝」する心を大切にいたしましょう。与えられている恵みに気づいて、家族の間でもありがとうを交し合えるご家庭であっていただきたいと思います。良い家庭を作って、神さまから与えられている恵みがよい土地に落ち、何倍にも実を結ぶことができるようお祈りしています。




    園長 石川 勇

  • 2012年度5月 ②したいことvsさせたいこと6年前

    ◆よりよい幼児期を目指して -②したいことvsさせたいこと-

    今年度の保育が始まって一ヶ月が過ぎました。「出会いの一学期」、子どもたちはこの出会いの時を心と体をいっぱいに使って受け入れ、張り切り、頑張る姿をあちらこちらでみせてくれています。子どもたちの前向きな姿勢は本当に素晴らしいですね。私たちも子どもたちの姿に学び、出会いの一学期を積極的に過ごしてまいりましょう。

    さて、今月は「したいことvsさせたいこと」というテーマで、よりよい幼児期をご一緒に考えてみたいと思います。「したいこと」とは子どもが自分の意思でやりたいと思うことであり、「させたいこと」とは親がそうさせたいと思うことです。親は子どものためを思い、子どもにいろいろと指示や、要求をしますが、子どもは子どもで言い分や意思もあり、両者の思いが一致せずに衝突することも子育ての日々の中にはしばしばあるのではないでしょうか。「うちの子は言うことを聞かない!」とか、「また同じことを言わせて!」とか、イライラしたり、親として頭を悩まされたりすることも多いかと思います。

    しかし、この衝突(親子のズレ)は大きく見ると健全な親子関係の証拠であり、健全な子どもの育ちでもあると言えます。なぜなら、親子といえども別人格、互いの言い分を遠慮なく言い合えることは大変結構なことですし、自己主張を十分にさせていくことは幼児期に必要な成長課題でもあるからです。幼児期は何度も何度も失敗を繰り返して学ぶ時期です。たとえ親子で衝突しても「生意気になったなー」と目を細めて喜べるくらいの大きな心で、どっしりと腰を据えて日々を過ごせるように心がけることが一番です。親が一つひとつの衝突に固執してしまうと、親自身がイライラして批判的になり、子どものよい面に目を向けられず、できないことや心配ばかりが気になって、どうでもいいことまで注意するようになってしまいます。こうなったら親も子も一緒にいることがつらくなってしまいますから、「わが子にもそういう時期が来たんだな」と思って気長にとらえることが大切です。

    もう少し余裕があるならば、この子の「したいこと」が本当は何なのか、どうしてそうなのか、深く考えてみたり、自分の「させたいこと」は本当に今必要な課題なのか、どうしたら上手に伝えられるのかなどを自問してみたりするのもよいかもしれません。また、「本当に大切な話は膝の上で」という言葉があります。同じことでも厳しく伝える方法と、やさしく語りかける方法があります。人は安心する(甘える)中で心を開けるのですから、ぜひとも抱っこしながらやさしく語り、お子さんの話を聞いてあげましょう。お互いに落ち着いて、また優しい気持ちで会話ができることでしょう。

    このように、お子さんの今を理解し、また分かり合おうとする姿勢が、「したいことvsさせたいこと」という関係から、「したいこと=させたいこと」という関係に近づけてくれるのではないかと思うのです。


    ◆今月の聖句 「イエスは良い羊飼い」(ヨハネ10:7-11)

     羊飼いは羊の群れを導いて世話をする人です。何日もかけて数百頭もの羊が生きるために必要な牧草や水を求め広大な土地を渡り歩かなければなりません。ですから、羊飼いは引き連れる羊の把握はもとより、どこに草があり、水があるのか、土地をよく把握していなければなりません。闇雲に群れを率いていては大切な羊を危険な目にあわせてしまうからです。また、時には群れを襲う猛獣や盗人から命がけで羊を守らなくてはいけません。このように羊飼いの仕事は、昼も夜も羊のために身を粉にして働く大変な仕事なのです。

    ところで、羊は目が悪く、方向音痴な動物だそうです。羊飼いがいなかったらたちまち迷子になってしまい、厳しい自然の中では生きていけません。私たち人間もどこか羊に似た存在です。すぐに進むべき方向を間違えてしまいますし、どう生きたらよいか分からなくなってしまう弱さを持った存在だと思います。

    イエスさまは私たちの羊飼いのようなお方です。しかも良い羊飼いなのです。イエスさまは私たち一人ひとりをよくご存知で、どこに草があり、水があるのかをよく知っていらっしゃいます。そして襲いかかってくる敵から私たちを救ってくださいます。「わたしは良い羊飼いである。よい羊飼いは羊のために命を捨てる(ヨハネ10:11)」とあるように、私たち一人ひとりを守り、導いてくださっているのです。ですから、私たちは羊のようにイエスさまに身をゆだねて安心して過ごすことができます。私たちにできることは「良い羊」になろうとすることです。大人も子どもも「神さまには素直な心」を持って、愛してくださる神さまに、イエスさまに、忠実に生きていこうとすることが大切であると思います。迷える子羊のように人生の方向音痴にならないようにいたしましょう。

    園長 石川 勇

  • 2012年度4月 ①スタートの時に6年前

    ◆よりよい幼児期を目指して -①スタートの時に-

    いよいよ2012年度の保育が始まりました。この一年もどうぞよろしくお願いいたします。
    さて、毎月の父母会に合わせて、園長のひとりごとを書かせていただいております。今年度は「よりよい幼児期を目指して」というテーマで、私なりにつぶやいてまいりたいと思いますので、ご家庭やお仲間の子育て談義の話題の一つとしてでもご活用していただけたら幸いです。

    4月は、新しく入園した子どもたちはもちろん、進級した子どもたちにとっても新しいステージへの「スタートの時」です。新しい生活や経験は、私たちの気持ちを新たにし、意欲をかき立ててくれる時でもありますが、同時に戸惑いや不安を感じさせる時でもあります。入園や進級を迎え、子どもたちの心中にもきっと「期待と不安」が入り混じったような複雑な感覚があるに違いありません。特に、ゼロからのスタートを迎えた新入園の子ども達にとっては、見るもの聞くものすべてが初めての経験であり、戸惑うのも、不安になるのも当然、自然なことであると思います。

    幼稚園では、この時期を「幼稚園を安心できる場とする時期」と位置付け、戸惑いや不安の中にある子どもたちが安心して生活できるように、また一日一日丁寧に関わりながら生活を積み重ね、教師との信頼関係を深められるように特に配慮し、励ましながら過ごすように努めています。安心して幼稚園生活を過ごせるようになる過程には個人差がありますから、ご家庭においても担任の先生とよくコミュニケーションをとって、お子さんのペースで一つひとつを乗り越えていけるように、あせらず、急がず、気持ちに余裕をもって見守っていくように努めましょう。また、新しい環境に順応していく時は、想像以上に心や神経を使い疲労します。お子さんがお家でボーっとしたり、だらだらしたり、機嫌が悪くなったりすることもあるかもしれませんが、幼稚園での頑張りをよく理解してあげ、ご家庭では努めてリラックスできるように環境を整えたり、関わりを考えたりすることもこの時期のお子さんに必要な配慮となるでしょう。

    この時期は子どもたちにとってだけではなく、父母の皆さんにとってもスタートの時です。お子さんと同じように戸惑い、不安を感じている方も決して少なくないと思います。毎日の送り迎えの中で、また父母会などの機会で、あいさつや言葉を交わしあいながら、子どもたち同様、「無理せず等身大でゆっくりと」幼稚園の理解や互いの親睦を深めてまいりましょう。経験の長い方も、どうぞ新しい年度にあたって新しい気持ちで出会い直し、更に交流を深めたり、広げたりできる一年を過ごしていってください。

    皆さんにとってこの一年も有意義で幸せな年となりますことをお祈りしております。


    ◆今月の聖句 「新しいぶどう酒は新しい革袋に」(ルカ5:37-38)


     子どもたちの礼拝では、毎月聖書から与えられた「み言葉」を皆で覚え、考えあう時を持っています。
    今月は「新しいぶどう酒は新しい革袋に」というみ言葉が与えられています。
    (聖句)
    「また、だれも新しいぶどう酒を古い皮袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、新しいぶどう酒は皮袋を破って流れ出し、皮袋もだめになる。新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れねばならない。」(ルカ5:37-38)

    イエスさまの過ごされていた2000年前の時代は、ぶどう酒を羊や山羊の革袋に入れて発酵させていたそうです。皮は古くなると硬くなり柔軟性がなくなるので、新しいぶどう酒を入れると、発酵により生じるガスで革袋が破れてしまうことから、新しいぶどう酒を作る時は必ず柔軟性に富んだ新しい革袋に入れることが常識でした。このイエスさまのたとえ話は、アメリカのオバマ大統領もスピーチの中で引用し、「新しい時代は古い固定概念の中では築けない。新しい時代は新しい価値観の中で作るのだ」と語りました。
    私たちは情報化社会の中で、日々溢れるほどの情報に浸かって生きています。しかし、その情報を何でもかんでも同じ袋に入れていたら、他のガラクタとゴチャゴチャに混ざり合い、何が大切であるか分からなくなってしまいます。人生を豊かにしていくために、あるいは幸せに生きるために大切な言葉や考えは、やはり新しい袋に分けて他のものとは区別していくことが必要でしょう。
    是非心の中に新しい革袋を用意し、大切なことを一つひとつしまってまいりましょう。

    園長 石川 勇

  • 2011年度3月 ⑪幸福感6年前

    ◆楽しい子育てに向けて -⑪幸福感-

    今年度の保育も残すところあと一週間となりました。今年度もここまで神さまに守られ、父母の皆様と心を合わせて歩んでこられましたことに深心よりの感謝を申し上げます。

    毎日の保育を通して、子どもたちは一回りも二回りも大きく成長いたしました。仲間との生活は一人ひとりを勇気づけ、励まし、時にはケンカもありましたが、互いに許しあうことを教えてくれる機会でもありました。困っていたり、泣いていたりした時、差し伸べられたお友達の手に、何人の子どもが勇気をもらい、その優しさに支えられて涙をぬぐえたことでしょう。子どもたちにとって幼稚園の毎日は、まことに「かけがえのない」日々でした。卒業を迎える年長組の子どもたち、お引越しで転園する子どもたちには、この場所で得たたくさんの自信や優しさを胸に、新しい場所でも一人ひとりらしく輝き歩んでいけるように、また進級を迎える子どもたちには、新しい年度も幼稚園で「かけがえのない毎日」を友達と一緒に過ごしながら、さらに大きく成長していけるように心から祈り、また応援しています。

    お別れを前にすると、一層「一人ひとりの人生が幸せであってほしい」との願いが強くなります。幸福感は人によって違うのかもしれませんが、与えられた人生を「いきいきと生きること」も人間にとって幸せのひとつと言えるのではないでしょうか。マザーテレサの言葉に「人間にとって一番ひどい病気は、誰からも必要とされていないと感じることです。」というものがありますが、年間3万人もの人達が自ら命を絶つ日本、ユニセフの調査によると、なんと日本の子どもの3人に1人は「孤独」を感じているそうです。大人であっても孤独感に包まれながらいきいきと生きられる人などいません。ましてや子どもであればなおさらです。これは本当に深刻な問題であると思います。「誰かに必要とされている」と感じることで、はじめて人は自らを生かし、そしてまた幸せを感じるようにもなることができるのではないでしょうか。

    この「園長のつぶやき」も今年度最後の月を迎えました。稚拙でまとまりにも欠ける文章に一年間お付き合いいただきありがとうございました。今年度は「楽しい子育てに向けて」というテーマで書いてみましたが、内容はともかく、なんとか毎月お休みをしないで書ききることができました。来年度以降もなるべくいろんなテーマで(息長く?)書き続けていけたらと思いますので、お付き合いいただけますようお願いいたします。

    最後に、星野 富弘さんの詩に「幸せという花があるとすれば、その花の蕾のようなものだろうか… 辛いという字がある。もう少しで幸せになれそうな字である」というものがあります。「幸せ」と「辛さ」、一見対極にあるような言葉ですが、決して反対にあるわけではなさそうです。人を育てる業は簡単なものではありません。時には辛いと感じることもあるでしょう。しかし、その辛さと向き合い、ひとつずつ乗り越え、解決していこうとする歩みの先に、「幸せ」は待っているということでしょう。この先まだまだ続く長い子育ての道のりですが、その時々に「心をこめて」、幸せいっぱいの「楽しい子育て」をしてまいりましょう!


    ◆今月の聖句 「隣人を自分のように愛しなさい」(マタイ22:39)


     今月の聖句は、律法の専門家がイエスさまを試そうとして「先生、律法の中でどの掟が最も重要でしょうか。」と尋ねた時に、イエスさまが答えられた言葉です。37節~「心を尽くし、誠心を尽くし、思いを尽くして、あなたの主である神を愛しなさい。」これが最も重要である第一の掟である。第二もこれと同じように重要である。「隣人を自分のように愛しなさい。」
     イエスさまはその生き方や言葉を通して、今もなお私たちに「愛」を教えてくださいます。その愛は平和につながる愛であり、人生の幸せにつながる愛であります。幼稚園のモットーに「自分には強い心、人にはやさしい心、神さまには素直な心」という三つの大切な心がありますが、その心とはイエスさまのおっしゃったこの最も重要な掟に基づいた心なのです。
    さて、他者を愛するためにはまず自分を愛せなくはなりません。しかし、自分を愛するためには他者から愛される経験が不可欠です。人は愛の中でしか愛を知ることができないからです。「隣人を自分のように愛しなさい」といわれても、自分を愛せない人がどうして他者を愛せるでしょう。イエスさまは、「創造主である神さまが私たちをどれだけ愛してくださっているか」を聖書の中で繰り返し語りかけてくださっています。私たちも心を開いてその声を聴き、本当の愛を知って自分自身を愛せる人になりたいですね。
    そういう意味からも幼い時に神さまの愛を知り、家族や仲間から愛される経験は一生の中でも大事な経験です。「一人はみんなのために、そしてみんなは一人のために」いつもつながりながら、互いを大切にしあって過ごす日々に、人として生きていくうえで重要なこれらのメッセージを受け取ることができるのです。


    園長 石川 勇

  • 2011年度2月 ⑩IからWeへ7年前

    ◆楽しい子育てに向けて -⑩IからWeへ-

     今年度の保育もいよいよ終盤を迎えました。2月に入り、インフルエンザなどの流行性疾患のため学級閉鎖を余儀なくされるという事態も発生いたしましたが、この時期を特に注意して過ごし、ご家族の健康も含めて皆で健康を守ってまいりましょう。来週には各クラスにおいて「成長を祝いあう会」が予定されています。この一年のお子さんの成長を皆で喜びあう機会としたいと思いますので、どうぞご一緒に楽しみましょう。

     さて、今月は「IからWeへ」というテーマで楽しい子育てを考えてみたいと思います。子育ての悩みベスト3というと、「子どもの将来についての不安」、「しつけに関する心配」、「親自身の子育てのストレス(叱る、イライラしてしまう)」だそうですが、皆さんはいかがでしょうか。一方で、現代の子育て事情で課題となることとして、「孤独の中の子育て」が指摘されています。核家族化の中で、あるいは地域性の崩壊の中で、家庭の中にも、地域の中にも、「相談したり、頼れたりする存在がない」ところで子育てをしなければならない人が多いというのです。

    孤独感をいっぱいに抱いて子育てにあたるとすれば、「一つひとつを丁寧に」とか、「待つことが大切」とか、子育てを指南する言葉も、「そうできない現実」にかえって戸惑い、悩み、挫折感すら与える言葉となってしまうでしょう。また、将来に対して、しつけに関して、不安や心配が先に立つほど、叱る、干渉することも多くなってしまいます。理想は、「親も子ものびのびと笑顔いっぱいに過ごしたい」はずが、現実の子育て環境はそうではないというケースが決して少なくないのです。子育ての理想と現実、私たちはこの狭間で子育てにあたっていますが、何とかこの孤独感を払しょくし、子育てが楽しいと思えるようにしたいものです。

    私は幼稚園がその問題を解決する一つの糸口になれたらいいと思っています。幼稚園の毎日がお子さんを育てるのみでなく、お子さんを通してお母さんが、あるいはお父さんが、その輪を広げ、共に楽しい子育てに向けて「心と力を合わせられる」仲間へと育っていけるならば、こんなに心強いことはありません。「自分は孤独ではない、夢いっぱいの子どもの将来に向かって歩いて行こう」と思えるような子育てを皆でしていこうではありませんか。

    IからWeへ、私の子どもから私たちの子どもへ、これからも幼稚園を最大限に活用して、お仲間と積極的に出会い、関わり、共に楽しい子育てに向けた日々を過ごしてまいりましょう。


    ◆今月の聖句 「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ25:40)

     
     昔マルチンというおじいさんがいました。マルチンさんは一生懸命に靴を作る職人さんでした。でもマルチンさんは奥さんと子どもを亡くして一人ぼっちでした。マルチンさんは仕事が終わると聖書を読み、お祈りを捧げる人でした。ある日いつものようにお祈りをしていると、イエスさまの声が聞こえました。「マルチン明日あなたの所へ行きますよ。」マルチンさんはびっくりして、でもワクワクしながらイエスさまを迎える用意をしました。温かいスープとお茶を用意して、朝からソワソワして窓の外を行き交う人たちを見ていました。
     雪かきのおじいさんが寒そうに仕事をしています。マルチンさんは気の毒に思ってそのおじいさんを部屋の中に入れ、温かいお茶を飲ませました。おじいさんは心も体も温まって帰っていきました。しばらくすると外で寒そうにしている女の人を見ました。女の人は赤ちゃんを抱っこしています。マルチンさんはその女の人と赤ちゃんを部屋に入れて温かいスープを飲ませ、奥さんが使っていたコートを着せてあげました。女の人と赤ちゃんはとてもうれしそうに帰っていきました。すると今度はひどく怒っているおばあさんの声がしました。そちらを見ると、男の子がリンゴを持って怒られているではありませんか。マルチンさんはどうしたわけか話を聞きました。男の子がおばあさんのお店のリンゴを盗もうとしたということでした。マルチンさんはそのリンゴのお金を払って男の子を許してもらいました。そういうわけで、イエスさまのために用意したスープやお茶もすっかり他の人にあげてしまってなくなってしまいました。  
    気が付くともう外はすっかりと暗くなっていました。「今日はもうイエスさまはいらっしゃらないな」と思い聖書を読んでいると、誰かがいるような気がしました。暗闇に雪かきのおじいさんと、赤ちゃんを抱いた女の人、そしてリンゴ屋のおばあさんと男の子がにっこり笑って見えました。「マルチン私がわからなかったのか?あれはみんな私だったのだ」。マルチンさんは驚きましたが、心は喜びでいっぱいになりました。「夢ではなく本当にイエスさまが来てくださった!」と。
    「貧しい人、力のない人、病気の人や家のない人の中に私はいます」。マルチンさんの机の上の聖書にはイエスさまの言葉がこう書かれてありました。

    (くつやのマルチン/トルストイ原作) 
    園長 石川 勇

  • 2011年度1月 ⑨こどもの成長7年前

    ◆楽しい子育てに向けて -⑨こどもの成長-

     新しい年を迎えました。この一年も世界が平和であり、子どもたちが健やかに成長していけることを心よりお祈りしています。今年も子どもを中心におき、皆で力と心を合わせて歩んでまいりたいと思いますので、皆様の変わらぬご理解とご協力をお願いいたします。

    幼稚園でも3学期に入り、それぞれの学年において節目となる時を迎えました。4月からの歩みを重ね、一人ひとりが本当に大きく成長しました。私たち教職員も、子どもたちの成長を喜びいっぱいに感じているところです。この3学期は「成長を喜びあう学期」として、子どもたちにも自分自身の成長、友だちの成長に気づき、大きくなることへの期待や喜びを感じながら日々を過ごしてもらいたいと思っています。また、そのような日々を通し、成長させてくださる神さまに対して、お父さん、お母さんに対して、「ありがとう」の気持ちをしっかりと持てる子どもになってもらいたいと願っています。

    さて、今月は「子どもの成長」について少し考えてみましょう。「木が育つ姿に学べ」という言葉がありますが、この言葉から人の成長を考える上で大切なヒントがいろいろ得られるような気がします。木は幼木の時から自ら根を土に伸ばし、枝を張り、成長に必要な太陽の光や水、養分などを吸い上げ成長していきます。立派な木が育つためには、「太陽の光をたくさん受けられること」と、「根を大きく張れる良質な土壌とスペースがあること」が欠かせません。特に幼木の間はしっかりと根付くように大切に見守ることが必要で、この時期に剪定するのはご法度です。なぜなら、まだ細い幼木の枝に手を入れることは、樹勢全体に大きなダメージを与え、強い木に育たないばかりか、下手をすれば枯れてしまうからです。木が「自ら成長していこうとする力」を最大限に発揮できるように上記のような環境を整え、適切に見守っていくことが強い木を育てるポイントとなります。

    人を育てる上でも同じようなことが言えるのではないでしょうか。人も「よい環境」を整えることによって、「自ら成長していこうとする力(=生きる力、意欲)」が養われ、たくましく成長していくものであると思います。よい環境をつくるとは、よい親子関係を築くことです。その上で大切なことは、「今日(今)を充実させるからこそ明日(将来)がある」という考え方を親御さんが持つことだと思います。日々のお子さんの話によく耳を傾けて共感し、大いに認め、励まし、笑い、時にはお子さんに幼稚園の歌なども教えてもらったりしながら、楽しく充実した毎日を「一緒に作り上げていく」ことがとても大切です。

    反対に、親御さんが「明日(将来)のために今日がある」という考え方でいると、足りないもの探しのような子育てになってしまいます。お子さんを見てもいつも安心や満足ができず、もっとこうしろ、ああしろと指示や注意(=親からの要求)ばかりが先行し、お子さんの話にも耳を傾けられないような子育てに陥ってしまいます。お子さんにとって親御さんのこのような関わりほど悲しいことはありません。なぜなら、いつまでたっても「今の自分」が認められず、次から次に要求されていくのですから…。これでは自ら成長していこうとする力も意欲も芽生えませんし、よい親子関係を築くこともできません。

    木の幹がいつの間にか太く立派になっていくように、小さな一歩を一つひとつ積み重ねながら子どもは成長していきます。お子さんの将来を考えるとき、楽しみな気持ちと同時に、心配や不安な気持ちも少なからずあることと思います。特に就学を迎えるご家庭では、新しい環境や仲間にうまく馴染めるのだろうか、学習についていけるのだろうかといった心配もあることでしょう。しかしそんな時こそ、「お子さんの力」を信じ、親として(心配や不安をぐっとこらえて)どっしりと腰を据え、お子さんを励ましていってもらいたいと思います。こうした親御さんの安定こそがお子さんの勇気の原動力となり、さらなる成長へとつながっていくのです。


    ◆今月の聖句 「天に富を積みなさい」(マタイ6:20)

     「私たちは何も持たずに世に生まれ、世を去る時は何も持っていくことができません。(テモテⅠ・6:7)」
     天に富を積むことは、世にいる間をどう生きるかということです。私利私欲にはしり、たとえ財を成したとしても、それをもって天に帰ることはできません。世にいる間、神さまに喜ばれる生き方をすることで天に富を積むことができるのです。神さまに喜ばれる生き方とは、自分に対しても、他人に対しても誠実であること、人と愛し合い、助け合って生きること、神さまに素直な心で生きることであると思います。これからも幼稚園のモットーである「自分には強い心、友達にはやさしい心、神さまには素直な心」で過ごしてまいりましょう。

    (こどもの礼拝でのお話し要旨) 

    園長 石川 勇

  • 2011年度12月 ⑧クリスマス7年前

    ◆楽しい子育てに向けて -⑧クリスマス-

     師走に入り、いよいよ2011年も終わりの時を迎えようとしています。4月からの保育の歩みを振り返ると、子どもたち一人ひとりの成長が目に浮かんできます。その時その時を、お友達と一緒に夢中になって過ごしてきた日々、どの顔も自信に満ちて、誇らしく輝いています。これまで、こんなにゆたかで幸せな日々を過ごせたのも、ご家庭の保育への深い理解と、多大なるご協力のおかげであると、教職員一同皆様に心よりの感謝を申し上げます。

    さて、今月は「クリスマス」についてご一緒に考えてみたいと思います。Christmas(12/25)は、Christ=イエス・キリスト/mas=お祭りということですから、「イエスさまのお誕生日を祝うお祭り」という意味になります。世界中でこの日を祝う、まさに世界一のお祭りといえるでしょう。クリスマス前の4週間をアドベント(待降節)と呼び、クリスマスを心待ちにして過ごします。ツリーやリースを飾り、クリスマスカードを送りあうのもこの時期です。

    幼稚園でもクリスマスに向けて「ワクワク」を大きくしていく毎日を過ごしています。「クリスマスはイエスさまのお誕生日なんだね。神さま、イエスさまをありがとうございます!」という思いで、「イエスさまのお誕生日に何をプレゼントすればいいだろう?」とクラスで考え、劇や歌などの練習にはりきる毎日を送っています。特に、年長組では「世界で一番初めのクリスマス」として、イエスさまがお生まれになった日の出来事を降誕劇として“クリスマス礼拝で会衆に報せる”という大役を任せられ、毎日熱のこもった練習に取り組んでいます。どうぞ当日をお楽しみに、そしてご一緒に子どもたちと温かいクリスマスを楽しみましょう。

    これらの経験を通して、子どもたちには「本当のクリスマスの喜び」と出会ってもらいたいと願っています。それは、なにか派手にどんちゃん騒ぎをすることや、おもちゃをもらうだけの表面的な喜びではなくて、イエスさまが教えてくださった「愛」をしっかりと心に受けて、「互いに愛し合うことや、感謝しあうこと」、また受ける喜びだけでなく「与える(分かちあう)喜び」にあずかることが、子どもたちの心の深い喜びにもつながり、クリスマスの喜びとなっていくのだと思います。

    ご家庭においても、互いに「ありがとう」を交わしあえる時として、あるいは「労わりあい、思いあう」時としてクリスマスを迎えられたら素晴らしいですね。どうぞ温かい幸せなクリスマスをお迎えください。そして、私たちと同様に、世界中の子どもたちが幸せなクリスマスを迎えられるようにお祈りいたしましょう。


    ◆今月の聖句 「あなたがたの光を、人々の前に輝かしなさい」(マタイ5:16)


     イエスさまは「愛の人」と言われ、その生き方や、み言葉を通して「愛」を私たちに教えてくださっています。また、イエスさまは「世を照らす光」とも言われ、私たちに生きる喜びを教えてくださいます。

    「あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。そのように、あなた方の光を人々の前に輝かしなさい」(マタイ5:14-16)

     私たちは、一人ひとり顔や性格が違うように、神さまから様々な賜物(たまもの)を与えられています。友だち、また親子であっても違う人格や能力を持ち、「私」という存在は世界で唯一のものです。賜物とはその人に与えられた「光」のようなものであり、「賜物を生かす」ことによってその光は増し、生き生きとその人らしい生き方ができるのです。しかし、「みんなができているのに」とか、「みんなと同じように」などと、人と比べてばかりいたり、自分の賜物を出せないまま引っ込めていたりすると、その人の「光」は次第に輝きを失い、やがては消えていってしまいます。生き生きと生きるどころか、「一体自分は何のために生まれてきたのか?」という問いに対していつまでも答えの出せないような暗い人生になってしまいます。

     イエスさまはこのみ言葉の中で、「あなたがたは世の光である」とおっしゃっています。主語を子どもに置き換えてみると、「子どもたちは世の光であり、子どもたちの光を人々の前に輝かしなさい」という言葉となります。これは、お子さんを友だちと比較したり、お子さんを委縮させてしまうような育て方ではなく、お子さんに与えられた「賜物=光」は何なのかを見つけ、その「光」を一番高いところにおいて育てていきなさいというイエスさまから子育てにあたる私たちへの力強いメッセージなのではないでしょうか。

     
    園長 石川 勇

  • 2011年度11月 ⑦あそびについて7年前

    ◆楽しい子育てに向けて -⑦あそびについて-

     活動の2学期の中、過日は「プレーデー」をたくさんの親御さんもご一緒に、喜びいっぱいに行うことができました。ご協力いただいたお一人おひとりに心よりの感謝を申し上げます。子どもたちは、体を動かす楽しさを十分に感じ、「やってみよう」の気持ちをもって、身体も心もいっぱいに使って「実りの季節」を意欲的に過ごしています。

     さて、今月のテーマは「あそび」です。良いあそびは子どもの成長を促します。また、あそびの内容は成長に応じて変化します。ご家庭で、また幼稚園で、お子さんがどのように遊んでいるかを知り、理解していくことは子育てにあたるうえでも、お子さんの成長を考えるうえでも大切なポイントであると思いますので、ぜひご一緒に考えてみましょう。

     幼児期前期(3歳頃まで)のあそびは、お父さんお母さんを相手に一人で遊具やおもちゃを使って遊ぶことが主です。一つのあそびへの集中時間は短く、次から次へとあそびが変わっていく様子も多くみられます。しかし、幼児期も後期(3歳から6歳)になるにつれ、次第に「友達あそび」ができるようになり、ついにはある一定の時間の中で友達と上手に遊びきることができるようになります。そして同時に友達や仲間との関係が深められていきます。これには当然幼稚園での生活が大きく影響していることは言うまでもありませんが、この時期に芽生えてくる「友だちへの興味や関心」も大きく関係しているのだろうと思います。友だちへの興味や関心が、一緒に遊ぶという経験を「積み重ねていく」ことで広げられ、高められていき、その結果として関係が深まるのだと思います。幼稚園での毎日はあそびの積み重ねでもあります。

     「お友達と仲良く」という言葉を大人はよく口にします。しかし、友だちあそびもろくにせずに「仲良く」することなどできません。仲良く遊ぶためには数多くの失敗が必要なのです。その失敗とは、遊びの中で友達とぶつかる経験です。しかし、友だちとぶつかるためには「対等の主張」ができなくてはなりません。ですから、まずは自己発揮と自己主張(自分のしたいあそびを見つけ、自分でやってみようと思うこと)を持つことが何よりも大切です。そうして自分の主張と相手の主張がぶつかる事ができるのです。主張がぶつかるとあそびが途切れますし、強いぶつかりあいの場合はケンカになることもあるかもしれません。しかし、それらの過程で子どもは多くのことを学びます。失敗を繰り返さないようにするにはどうするかを体験的に学習するのです。こうして少しずつ「他者理解」ができるようになっていきます。三歩歩いて二歩下がるという言葉のように、うまく遊べたり、失敗したりの日々が子どもたちの成長には必要不可欠なのです。

     この過程で大人が心がけたいことは「待つ」、そして「聴く」という関わりではないでしょうか。失敗しないように「指図する」ことよりも、あそびを見守り、お子さんの話によく耳を傾けて、本当はどうしたかったのか、お友達の気持ちはどうだったのか、明日はこうしてみようなど「支え、励ます」姿勢が必要だと思います。成長とともに変化するお子さんのあそび、その変化に合わせた親の関わりを考えてまいりましょう。


    ◆今月の聖句 「主は必ず良いものをお与えになり、わたしたちの地は実りをもたらします」(詩編85:13)


     1620年イギリスの清教徒団が、イギリス教会の宗教弾圧を逃れ"メイフラワー号"でアメリカのマサチューセッツ州プリマスに到着しました。上陸した年の冬は寒さがとても厳しく、さまざまな困難にも見舞われ、100人程いた清教徒は半数ほどになってしまいました。翌年、生き残った人たちは先住民であるネイティブ・アメリカン(インディアン)に狩猟や農耕を教わり、春夏一生懸命働き、ようやく生き延びることができたのです。その秋の収穫時、清教徒達は教会に集い、会食を催して収穫を喜び、神様に感謝する会を催しました。この席には、恩人であるインディアン達も招かれました。インディアン達は、お礼に七面鳥や鹿の肉を持って集まり、清教徒とインディアンたちは、3日間戸外のテーブルに食物を山と積んで、神様に感謝を捧げ、讃美歌を歌ったそうです。これがThanksgiving Dayの起源です。

     収穫を感謝する時を迎えました。今年も野に山にもたらされた「実り」の恩恵を受けてこうして命が与えられていることに感謝し、喜びをもって毎日を過ごしていきたいものです。特に都市型のライフスタイルにあっては、収穫の喜びにあずかるチャンスも滅多にあるものではないと思いますので、努めて土に触れることや、自然と触れ合う機会をもつことが大切であるように思います。

    幼稚園でも来週、収穫を感謝し、その喜びにあずかる機会がもたれますが、おいも掘りや遠足といった、実りや自然と直接触れ合う体験が、この感謝につながる貴重な体験であると思います。どうぞご家庭でも様々な工夫のもと秋の実りを感謝し、楽しんでお過ごしください。

    園長 石川 勇