• 2012年度6月 ③あそびの中の動と静6年前

    ◆よりよい幼児期を目指して -③あそびの中の動と静-

    6月に入りました。幼稚園では家庭訪問や保育参観などの機会を通して、ご家庭と幼稚園がより相互の理解を深められるように努めています。どうぞ担任の先生を中心として豊かに交わり、お子さんの成長をご一緒に考え、応援してまいりましょう。またお気づきの点などがありましたら、どんなことでもご相談ください。

    今月はあそびの中の「動と静」についてご一緒に考えましょう。活発に身体を使って遊んだり、ゆったりと落ち着いて遊んだり、「あそび」にはいろいろな種類があります。活発に遊ぶ方を動的なあそび、落ちついて遊ぶ方を静的なあそびとして考えた時に、どちらの傾向を好み遊ぶかは、子どもの性格や年齢などによっても違いがあるでしょう。幼稚園でも自由時間のあそびなどを観察していると、一目散に走り出し、友だちと追いかけっこや戦いごっこを始める子ども、砂場で黙々と造形や見立てあそびをする子ども、遊具や鉄棒などのチャレンジをする子ども、虫探しや泥団子づくりに没頭する子どもなど、同じ園庭内の同じ時間であっても子どもによって遊び方はそれぞれです。

    「動と静」のあそびにはそれぞれに楽しさがあり一概には言えませんが、動的なあそびには主に冒険心(挑戦や競争など)をかきたてるような魅力が、静的なあそびにはイメージを膨らませ、また集中して「自分の世界を開拓していく」ような魅力があるように思います。大好きなあそびに出会い遊び込んでいくことは、これらの魅力に触れ、その世界に深くのめり込んでいくことであり、子どもたちはそこから成長に必要なたくさんのことを学んでいきます。ですから動的なあそびであれ、静的なあそびであれ、「夢中になって遊ぶことのできるあそび」に出会うこと自体が幼児期における大変重要な目標となります。「うちの子は戦いごっこばかりで落ち着きがない」とか、「あそびが終われなくて困る」とかよく耳にしますが、したいあそびをとことんしていくことで遊ぶ力も身につき、あそびも成長していくのですから、そのあそびをやめさせるよりはむしろ、もっと十分に、あるいは豊かに遊べるよう、時間や環境を整えてあげたいものです。こうしていろいろなあそびと出会い体験する中で、動と静の魅力的な世界を存分に味わい、どちらも楽しむことができる子どもに成長していくのではないでしょうか。

    あそびの価値を知らない大人は、子どものあそびを単なる時間つぶしや暇つぶしとしてしか捉えられません。ぜひお子さんのあそびに目を向けて、そのあそびの面白味はどこにあるのか、何に対して夢中になっているのかなどに着目して観察し想像してみると、きっとお子さんの理解や成長につながる発見がたくさんできるのではないかと思います。どうぞお子さんが見つけたあそびを大切にしていってあげてください。


    ◆今月の聖句 「種は良い土地に落ち、実を結んで百倍、六十倍、三十倍にもなった」(マタイ13:8)

     
     今月の聖句は、「種を蒔く人」のたとえという、イエスさまの語られた大変有名なお話です。

     「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は石だらけで土の少ないところに落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。耳のある者は聞きなさい」(マタイ13:1-9)

     先日の子どもの礼拝では理事長先生からお話をしていただき、しっかりとお話を聞くことのできる子どもは、良い土地に落ちた種のように「心の大事な場所」にそのお話を落として、いつまでも忘れることなく、また百倍にも六十倍にも実を結ぶことができるのですよというお話をしていただきました。同じお話であっても、どのような心で聞くかによって伝わり方が違ってきます。大切なお話がしっかりと心に入るように、心を整え、また耕していくことが大切であることを子どもたちは学んでいます。

     普段の生活の中でも、日々の糧が与えられていることや、平和に過ごせること、家族が健康でいることを当たり前としないで「感謝」する心を大切にいたしましょう。与えられている恵みに気づいて、家族の間でもありがとうを交し合えるご家庭であっていただきたいと思います。良い家庭を作って、神さまから与えられている恵みがよい土地に落ち、何倍にも実を結ぶことができるようお祈りしています。




    園長 石川 勇

  • 2012年度5月 ②したいことvsさせたいこと6年前

    ◆よりよい幼児期を目指して -②したいことvsさせたいこと-

    今年度の保育が始まって一ヶ月が過ぎました。「出会いの一学期」、子どもたちはこの出会いの時を心と体をいっぱいに使って受け入れ、張り切り、頑張る姿をあちらこちらでみせてくれています。子どもたちの前向きな姿勢は本当に素晴らしいですね。私たちも子どもたちの姿に学び、出会いの一学期を積極的に過ごしてまいりましょう。

    さて、今月は「したいことvsさせたいこと」というテーマで、よりよい幼児期をご一緒に考えてみたいと思います。「したいこと」とは子どもが自分の意思でやりたいと思うことであり、「させたいこと」とは親がそうさせたいと思うことです。親は子どものためを思い、子どもにいろいろと指示や、要求をしますが、子どもは子どもで言い分や意思もあり、両者の思いが一致せずに衝突することも子育ての日々の中にはしばしばあるのではないでしょうか。「うちの子は言うことを聞かない!」とか、「また同じことを言わせて!」とか、イライラしたり、親として頭を悩まされたりすることも多いかと思います。

    しかし、この衝突(親子のズレ)は大きく見ると健全な親子関係の証拠であり、健全な子どもの育ちでもあると言えます。なぜなら、親子といえども別人格、互いの言い分を遠慮なく言い合えることは大変結構なことですし、自己主張を十分にさせていくことは幼児期に必要な成長課題でもあるからです。幼児期は何度も何度も失敗を繰り返して学ぶ時期です。たとえ親子で衝突しても「生意気になったなー」と目を細めて喜べるくらいの大きな心で、どっしりと腰を据えて日々を過ごせるように心がけることが一番です。親が一つひとつの衝突に固執してしまうと、親自身がイライラして批判的になり、子どものよい面に目を向けられず、できないことや心配ばかりが気になって、どうでもいいことまで注意するようになってしまいます。こうなったら親も子も一緒にいることがつらくなってしまいますから、「わが子にもそういう時期が来たんだな」と思って気長にとらえることが大切です。

    もう少し余裕があるならば、この子の「したいこと」が本当は何なのか、どうしてそうなのか、深く考えてみたり、自分の「させたいこと」は本当に今必要な課題なのか、どうしたら上手に伝えられるのかなどを自問してみたりするのもよいかもしれません。また、「本当に大切な話は膝の上で」という言葉があります。同じことでも厳しく伝える方法と、やさしく語りかける方法があります。人は安心する(甘える)中で心を開けるのですから、ぜひとも抱っこしながらやさしく語り、お子さんの話を聞いてあげましょう。お互いに落ち着いて、また優しい気持ちで会話ができることでしょう。

    このように、お子さんの今を理解し、また分かり合おうとする姿勢が、「したいことvsさせたいこと」という関係から、「したいこと=させたいこと」という関係に近づけてくれるのではないかと思うのです。


    ◆今月の聖句 「イエスは良い羊飼い」(ヨハネ10:7-11)

     羊飼いは羊の群れを導いて世話をする人です。何日もかけて数百頭もの羊が生きるために必要な牧草や水を求め広大な土地を渡り歩かなければなりません。ですから、羊飼いは引き連れる羊の把握はもとより、どこに草があり、水があるのか、土地をよく把握していなければなりません。闇雲に群れを率いていては大切な羊を危険な目にあわせてしまうからです。また、時には群れを襲う猛獣や盗人から命がけで羊を守らなくてはいけません。このように羊飼いの仕事は、昼も夜も羊のために身を粉にして働く大変な仕事なのです。

    ところで、羊は目が悪く、方向音痴な動物だそうです。羊飼いがいなかったらたちまち迷子になってしまい、厳しい自然の中では生きていけません。私たち人間もどこか羊に似た存在です。すぐに進むべき方向を間違えてしまいますし、どう生きたらよいか分からなくなってしまう弱さを持った存在だと思います。

    イエスさまは私たちの羊飼いのようなお方です。しかも良い羊飼いなのです。イエスさまは私たち一人ひとりをよくご存知で、どこに草があり、水があるのかをよく知っていらっしゃいます。そして襲いかかってくる敵から私たちを救ってくださいます。「わたしは良い羊飼いである。よい羊飼いは羊のために命を捨てる(ヨハネ10:11)」とあるように、私たち一人ひとりを守り、導いてくださっているのです。ですから、私たちは羊のようにイエスさまに身をゆだねて安心して過ごすことができます。私たちにできることは「良い羊」になろうとすることです。大人も子どもも「神さまには素直な心」を持って、愛してくださる神さまに、イエスさまに、忠実に生きていこうとすることが大切であると思います。迷える子羊のように人生の方向音痴にならないようにいたしましょう。

    園長 石川 勇

  • 2012年度4月 ①スタートの時に6年前

    ◆よりよい幼児期を目指して -①スタートの時に-

    いよいよ2012年度の保育が始まりました。この一年もどうぞよろしくお願いいたします。
    さて、毎月の父母会に合わせて、園長のひとりごとを書かせていただいております。今年度は「よりよい幼児期を目指して」というテーマで、私なりにつぶやいてまいりたいと思いますので、ご家庭やお仲間の子育て談義の話題の一つとしてでもご活用していただけたら幸いです。

    4月は、新しく入園した子どもたちはもちろん、進級した子どもたちにとっても新しいステージへの「スタートの時」です。新しい生活や経験は、私たちの気持ちを新たにし、意欲をかき立ててくれる時でもありますが、同時に戸惑いや不安を感じさせる時でもあります。入園や進級を迎え、子どもたちの心中にもきっと「期待と不安」が入り混じったような複雑な感覚があるに違いありません。特に、ゼロからのスタートを迎えた新入園の子ども達にとっては、見るもの聞くものすべてが初めての経験であり、戸惑うのも、不安になるのも当然、自然なことであると思います。

    幼稚園では、この時期を「幼稚園を安心できる場とする時期」と位置付け、戸惑いや不安の中にある子どもたちが安心して生活できるように、また一日一日丁寧に関わりながら生活を積み重ね、教師との信頼関係を深められるように特に配慮し、励ましながら過ごすように努めています。安心して幼稚園生活を過ごせるようになる過程には個人差がありますから、ご家庭においても担任の先生とよくコミュニケーションをとって、お子さんのペースで一つひとつを乗り越えていけるように、あせらず、急がず、気持ちに余裕をもって見守っていくように努めましょう。また、新しい環境に順応していく時は、想像以上に心や神経を使い疲労します。お子さんがお家でボーっとしたり、だらだらしたり、機嫌が悪くなったりすることもあるかもしれませんが、幼稚園での頑張りをよく理解してあげ、ご家庭では努めてリラックスできるように環境を整えたり、関わりを考えたりすることもこの時期のお子さんに必要な配慮となるでしょう。

    この時期は子どもたちにとってだけではなく、父母の皆さんにとってもスタートの時です。お子さんと同じように戸惑い、不安を感じている方も決して少なくないと思います。毎日の送り迎えの中で、また父母会などの機会で、あいさつや言葉を交わしあいながら、子どもたち同様、「無理せず等身大でゆっくりと」幼稚園の理解や互いの親睦を深めてまいりましょう。経験の長い方も、どうぞ新しい年度にあたって新しい気持ちで出会い直し、更に交流を深めたり、広げたりできる一年を過ごしていってください。

    皆さんにとってこの一年も有意義で幸せな年となりますことをお祈りしております。


    ◆今月の聖句 「新しいぶどう酒は新しい革袋に」(ルカ5:37-38)


     子どもたちの礼拝では、毎月聖書から与えられた「み言葉」を皆で覚え、考えあう時を持っています。
    今月は「新しいぶどう酒は新しい革袋に」というみ言葉が与えられています。
    (聖句)
    「また、だれも新しいぶどう酒を古い皮袋に入れたりはしない。そんなことをすれば、新しいぶどう酒は皮袋を破って流れ出し、皮袋もだめになる。新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れねばならない。」(ルカ5:37-38)

    イエスさまの過ごされていた2000年前の時代は、ぶどう酒を羊や山羊の革袋に入れて発酵させていたそうです。皮は古くなると硬くなり柔軟性がなくなるので、新しいぶどう酒を入れると、発酵により生じるガスで革袋が破れてしまうことから、新しいぶどう酒を作る時は必ず柔軟性に富んだ新しい革袋に入れることが常識でした。このイエスさまのたとえ話は、アメリカのオバマ大統領もスピーチの中で引用し、「新しい時代は古い固定概念の中では築けない。新しい時代は新しい価値観の中で作るのだ」と語りました。
    私たちは情報化社会の中で、日々溢れるほどの情報に浸かって生きています。しかし、その情報を何でもかんでも同じ袋に入れていたら、他のガラクタとゴチャゴチャに混ざり合い、何が大切であるか分からなくなってしまいます。人生を豊かにしていくために、あるいは幸せに生きるために大切な言葉や考えは、やはり新しい袋に分けて他のものとは区別していくことが必要でしょう。
    是非心の中に新しい革袋を用意し、大切なことを一つひとつしまってまいりましょう。

    園長 石川 勇

  • 2011年度3月 ⑪幸福感6年前

    ◆楽しい子育てに向けて -⑪幸福感-

    今年度の保育も残すところあと一週間となりました。今年度もここまで神さまに守られ、父母の皆様と心を合わせて歩んでこられましたことに深心よりの感謝を申し上げます。

    毎日の保育を通して、子どもたちは一回りも二回りも大きく成長いたしました。仲間との生活は一人ひとりを勇気づけ、励まし、時にはケンカもありましたが、互いに許しあうことを教えてくれる機会でもありました。困っていたり、泣いていたりした時、差し伸べられたお友達の手に、何人の子どもが勇気をもらい、その優しさに支えられて涙をぬぐえたことでしょう。子どもたちにとって幼稚園の毎日は、まことに「かけがえのない」日々でした。卒業を迎える年長組の子どもたち、お引越しで転園する子どもたちには、この場所で得たたくさんの自信や優しさを胸に、新しい場所でも一人ひとりらしく輝き歩んでいけるように、また進級を迎える子どもたちには、新しい年度も幼稚園で「かけがえのない毎日」を友達と一緒に過ごしながら、さらに大きく成長していけるように心から祈り、また応援しています。

    お別れを前にすると、一層「一人ひとりの人生が幸せであってほしい」との願いが強くなります。幸福感は人によって違うのかもしれませんが、与えられた人生を「いきいきと生きること」も人間にとって幸せのひとつと言えるのではないでしょうか。マザーテレサの言葉に「人間にとって一番ひどい病気は、誰からも必要とされていないと感じることです。」というものがありますが、年間3万人もの人達が自ら命を絶つ日本、ユニセフの調査によると、なんと日本の子どもの3人に1人は「孤独」を感じているそうです。大人であっても孤独感に包まれながらいきいきと生きられる人などいません。ましてや子どもであればなおさらです。これは本当に深刻な問題であると思います。「誰かに必要とされている」と感じることで、はじめて人は自らを生かし、そしてまた幸せを感じるようにもなることができるのではないでしょうか。

    この「園長のつぶやき」も今年度最後の月を迎えました。稚拙でまとまりにも欠ける文章に一年間お付き合いいただきありがとうございました。今年度は「楽しい子育てに向けて」というテーマで書いてみましたが、内容はともかく、なんとか毎月お休みをしないで書ききることができました。来年度以降もなるべくいろんなテーマで(息長く?)書き続けていけたらと思いますので、お付き合いいただけますようお願いいたします。

    最後に、星野 富弘さんの詩に「幸せという花があるとすれば、その花の蕾のようなものだろうか… 辛いという字がある。もう少しで幸せになれそうな字である」というものがあります。「幸せ」と「辛さ」、一見対極にあるような言葉ですが、決して反対にあるわけではなさそうです。人を育てる業は簡単なものではありません。時には辛いと感じることもあるでしょう。しかし、その辛さと向き合い、ひとつずつ乗り越え、解決していこうとする歩みの先に、「幸せ」は待っているということでしょう。この先まだまだ続く長い子育ての道のりですが、その時々に「心をこめて」、幸せいっぱいの「楽しい子育て」をしてまいりましょう!


    ◆今月の聖句 「隣人を自分のように愛しなさい」(マタイ22:39)


     今月の聖句は、律法の専門家がイエスさまを試そうとして「先生、律法の中でどの掟が最も重要でしょうか。」と尋ねた時に、イエスさまが答えられた言葉です。37節~「心を尽くし、誠心を尽くし、思いを尽くして、あなたの主である神を愛しなさい。」これが最も重要である第一の掟である。第二もこれと同じように重要である。「隣人を自分のように愛しなさい。」
     イエスさまはその生き方や言葉を通して、今もなお私たちに「愛」を教えてくださいます。その愛は平和につながる愛であり、人生の幸せにつながる愛であります。幼稚園のモットーに「自分には強い心、人にはやさしい心、神さまには素直な心」という三つの大切な心がありますが、その心とはイエスさまのおっしゃったこの最も重要な掟に基づいた心なのです。
    さて、他者を愛するためにはまず自分を愛せなくはなりません。しかし、自分を愛するためには他者から愛される経験が不可欠です。人は愛の中でしか愛を知ることができないからです。「隣人を自分のように愛しなさい」といわれても、自分を愛せない人がどうして他者を愛せるでしょう。イエスさまは、「創造主である神さまが私たちをどれだけ愛してくださっているか」を聖書の中で繰り返し語りかけてくださっています。私たちも心を開いてその声を聴き、本当の愛を知って自分自身を愛せる人になりたいですね。
    そういう意味からも幼い時に神さまの愛を知り、家族や仲間から愛される経験は一生の中でも大事な経験です。「一人はみんなのために、そしてみんなは一人のために」いつもつながりながら、互いを大切にしあって過ごす日々に、人として生きていくうえで重要なこれらのメッセージを受け取ることができるのです。


    園長 石川 勇

  • 2011年度2月 ⑩IからWeへ6年前

    ◆楽しい子育てに向けて -⑩IからWeへ-

     今年度の保育もいよいよ終盤を迎えました。2月に入り、インフルエンザなどの流行性疾患のため学級閉鎖を余儀なくされるという事態も発生いたしましたが、この時期を特に注意して過ごし、ご家族の健康も含めて皆で健康を守ってまいりましょう。来週には各クラスにおいて「成長を祝いあう会」が予定されています。この一年のお子さんの成長を皆で喜びあう機会としたいと思いますので、どうぞご一緒に楽しみましょう。

     さて、今月は「IからWeへ」というテーマで楽しい子育てを考えてみたいと思います。子育ての悩みベスト3というと、「子どもの将来についての不安」、「しつけに関する心配」、「親自身の子育てのストレス(叱る、イライラしてしまう)」だそうですが、皆さんはいかがでしょうか。一方で、現代の子育て事情で課題となることとして、「孤独の中の子育て」が指摘されています。核家族化の中で、あるいは地域性の崩壊の中で、家庭の中にも、地域の中にも、「相談したり、頼れたりする存在がない」ところで子育てをしなければならない人が多いというのです。

    孤独感をいっぱいに抱いて子育てにあたるとすれば、「一つひとつを丁寧に」とか、「待つことが大切」とか、子育てを指南する言葉も、「そうできない現実」にかえって戸惑い、悩み、挫折感すら与える言葉となってしまうでしょう。また、将来に対して、しつけに関して、不安や心配が先に立つほど、叱る、干渉することも多くなってしまいます。理想は、「親も子ものびのびと笑顔いっぱいに過ごしたい」はずが、現実の子育て環境はそうではないというケースが決して少なくないのです。子育ての理想と現実、私たちはこの狭間で子育てにあたっていますが、何とかこの孤独感を払しょくし、子育てが楽しいと思えるようにしたいものです。

    私は幼稚園がその問題を解決する一つの糸口になれたらいいと思っています。幼稚園の毎日がお子さんを育てるのみでなく、お子さんを通してお母さんが、あるいはお父さんが、その輪を広げ、共に楽しい子育てに向けて「心と力を合わせられる」仲間へと育っていけるならば、こんなに心強いことはありません。「自分は孤独ではない、夢いっぱいの子どもの将来に向かって歩いて行こう」と思えるような子育てを皆でしていこうではありませんか。

    IからWeへ、私の子どもから私たちの子どもへ、これからも幼稚園を最大限に活用して、お仲間と積極的に出会い、関わり、共に楽しい子育てに向けた日々を過ごしてまいりましょう。


    ◆今月の聖句 「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ25:40)

     
     昔マルチンというおじいさんがいました。マルチンさんは一生懸命に靴を作る職人さんでした。でもマルチンさんは奥さんと子どもを亡くして一人ぼっちでした。マルチンさんは仕事が終わると聖書を読み、お祈りを捧げる人でした。ある日いつものようにお祈りをしていると、イエスさまの声が聞こえました。「マルチン明日あなたの所へ行きますよ。」マルチンさんはびっくりして、でもワクワクしながらイエスさまを迎える用意をしました。温かいスープとお茶を用意して、朝からソワソワして窓の外を行き交う人たちを見ていました。
     雪かきのおじいさんが寒そうに仕事をしています。マルチンさんは気の毒に思ってそのおじいさんを部屋の中に入れ、温かいお茶を飲ませました。おじいさんは心も体も温まって帰っていきました。しばらくすると外で寒そうにしている女の人を見ました。女の人は赤ちゃんを抱っこしています。マルチンさんはその女の人と赤ちゃんを部屋に入れて温かいスープを飲ませ、奥さんが使っていたコートを着せてあげました。女の人と赤ちゃんはとてもうれしそうに帰っていきました。すると今度はひどく怒っているおばあさんの声がしました。そちらを見ると、男の子がリンゴを持って怒られているではありませんか。マルチンさんはどうしたわけか話を聞きました。男の子がおばあさんのお店のリンゴを盗もうとしたということでした。マルチンさんはそのリンゴのお金を払って男の子を許してもらいました。そういうわけで、イエスさまのために用意したスープやお茶もすっかり他の人にあげてしまってなくなってしまいました。  
    気が付くともう外はすっかりと暗くなっていました。「今日はもうイエスさまはいらっしゃらないな」と思い聖書を読んでいると、誰かがいるような気がしました。暗闇に雪かきのおじいさんと、赤ちゃんを抱いた女の人、そしてリンゴ屋のおばあさんと男の子がにっこり笑って見えました。「マルチン私がわからなかったのか?あれはみんな私だったのだ」。マルチンさんは驚きましたが、心は喜びでいっぱいになりました。「夢ではなく本当にイエスさまが来てくださった!」と。
    「貧しい人、力のない人、病気の人や家のない人の中に私はいます」。マルチンさんの机の上の聖書にはイエスさまの言葉がこう書かれてありました。

    (くつやのマルチン/トルストイ原作) 
    園長 石川 勇

  • 2011年度1月 ⑨こどもの成長6年前

    ◆楽しい子育てに向けて -⑨こどもの成長-

     新しい年を迎えました。この一年も世界が平和であり、子どもたちが健やかに成長していけることを心よりお祈りしています。今年も子どもを中心におき、皆で力と心を合わせて歩んでまいりたいと思いますので、皆様の変わらぬご理解とご協力をお願いいたします。

    幼稚園でも3学期に入り、それぞれの学年において節目となる時を迎えました。4月からの歩みを重ね、一人ひとりが本当に大きく成長しました。私たち教職員も、子どもたちの成長を喜びいっぱいに感じているところです。この3学期は「成長を喜びあう学期」として、子どもたちにも自分自身の成長、友だちの成長に気づき、大きくなることへの期待や喜びを感じながら日々を過ごしてもらいたいと思っています。また、そのような日々を通し、成長させてくださる神さまに対して、お父さん、お母さんに対して、「ありがとう」の気持ちをしっかりと持てる子どもになってもらいたいと願っています。

    さて、今月は「子どもの成長」について少し考えてみましょう。「木が育つ姿に学べ」という言葉がありますが、この言葉から人の成長を考える上で大切なヒントがいろいろ得られるような気がします。木は幼木の時から自ら根を土に伸ばし、枝を張り、成長に必要な太陽の光や水、養分などを吸い上げ成長していきます。立派な木が育つためには、「太陽の光をたくさん受けられること」と、「根を大きく張れる良質な土壌とスペースがあること」が欠かせません。特に幼木の間はしっかりと根付くように大切に見守ることが必要で、この時期に剪定するのはご法度です。なぜなら、まだ細い幼木の枝に手を入れることは、樹勢全体に大きなダメージを与え、強い木に育たないばかりか、下手をすれば枯れてしまうからです。木が「自ら成長していこうとする力」を最大限に発揮できるように上記のような環境を整え、適切に見守っていくことが強い木を育てるポイントとなります。

    人を育てる上でも同じようなことが言えるのではないでしょうか。人も「よい環境」を整えることによって、「自ら成長していこうとする力(=生きる力、意欲)」が養われ、たくましく成長していくものであると思います。よい環境をつくるとは、よい親子関係を築くことです。その上で大切なことは、「今日(今)を充実させるからこそ明日(将来)がある」という考え方を親御さんが持つことだと思います。日々のお子さんの話によく耳を傾けて共感し、大いに認め、励まし、笑い、時にはお子さんに幼稚園の歌なども教えてもらったりしながら、楽しく充実した毎日を「一緒に作り上げていく」ことがとても大切です。

    反対に、親御さんが「明日(将来)のために今日がある」という考え方でいると、足りないもの探しのような子育てになってしまいます。お子さんを見てもいつも安心や満足ができず、もっとこうしろ、ああしろと指示や注意(=親からの要求)ばかりが先行し、お子さんの話にも耳を傾けられないような子育てに陥ってしまいます。お子さんにとって親御さんのこのような関わりほど悲しいことはありません。なぜなら、いつまでたっても「今の自分」が認められず、次から次に要求されていくのですから…。これでは自ら成長していこうとする力も意欲も芽生えませんし、よい親子関係を築くこともできません。

    木の幹がいつの間にか太く立派になっていくように、小さな一歩を一つひとつ積み重ねながら子どもは成長していきます。お子さんの将来を考えるとき、楽しみな気持ちと同時に、心配や不安な気持ちも少なからずあることと思います。特に就学を迎えるご家庭では、新しい環境や仲間にうまく馴染めるのだろうか、学習についていけるのだろうかといった心配もあることでしょう。しかしそんな時こそ、「お子さんの力」を信じ、親として(心配や不安をぐっとこらえて)どっしりと腰を据え、お子さんを励ましていってもらいたいと思います。こうした親御さんの安定こそがお子さんの勇気の原動力となり、さらなる成長へとつながっていくのです。


    ◆今月の聖句 「天に富を積みなさい」(マタイ6:20)

     「私たちは何も持たずに世に生まれ、世を去る時は何も持っていくことができません。(テモテⅠ・6:7)」
     天に富を積むことは、世にいる間をどう生きるかということです。私利私欲にはしり、たとえ財を成したとしても、それをもって天に帰ることはできません。世にいる間、神さまに喜ばれる生き方をすることで天に富を積むことができるのです。神さまに喜ばれる生き方とは、自分に対しても、他人に対しても誠実であること、人と愛し合い、助け合って生きること、神さまに素直な心で生きることであると思います。これからも幼稚園のモットーである「自分には強い心、友達にはやさしい心、神さまには素直な心」で過ごしてまいりましょう。

    (こどもの礼拝でのお話し要旨) 

    園長 石川 勇

  • 2011年度12月 ⑧クリスマス7年前

    ◆楽しい子育てに向けて -⑧クリスマス-

     師走に入り、いよいよ2011年も終わりの時を迎えようとしています。4月からの保育の歩みを振り返ると、子どもたち一人ひとりの成長が目に浮かんできます。その時その時を、お友達と一緒に夢中になって過ごしてきた日々、どの顔も自信に満ちて、誇らしく輝いています。これまで、こんなにゆたかで幸せな日々を過ごせたのも、ご家庭の保育への深い理解と、多大なるご協力のおかげであると、教職員一同皆様に心よりの感謝を申し上げます。

    さて、今月は「クリスマス」についてご一緒に考えてみたいと思います。Christmas(12/25)は、Christ=イエス・キリスト/mas=お祭りということですから、「イエスさまのお誕生日を祝うお祭り」という意味になります。世界中でこの日を祝う、まさに世界一のお祭りといえるでしょう。クリスマス前の4週間をアドベント(待降節)と呼び、クリスマスを心待ちにして過ごします。ツリーやリースを飾り、クリスマスカードを送りあうのもこの時期です。

    幼稚園でもクリスマスに向けて「ワクワク」を大きくしていく毎日を過ごしています。「クリスマスはイエスさまのお誕生日なんだね。神さま、イエスさまをありがとうございます!」という思いで、「イエスさまのお誕生日に何をプレゼントすればいいだろう?」とクラスで考え、劇や歌などの練習にはりきる毎日を送っています。特に、年長組では「世界で一番初めのクリスマス」として、イエスさまがお生まれになった日の出来事を降誕劇として“クリスマス礼拝で会衆に報せる”という大役を任せられ、毎日熱のこもった練習に取り組んでいます。どうぞ当日をお楽しみに、そしてご一緒に子どもたちと温かいクリスマスを楽しみましょう。

    これらの経験を通して、子どもたちには「本当のクリスマスの喜び」と出会ってもらいたいと願っています。それは、なにか派手にどんちゃん騒ぎをすることや、おもちゃをもらうだけの表面的な喜びではなくて、イエスさまが教えてくださった「愛」をしっかりと心に受けて、「互いに愛し合うことや、感謝しあうこと」、また受ける喜びだけでなく「与える(分かちあう)喜び」にあずかることが、子どもたちの心の深い喜びにもつながり、クリスマスの喜びとなっていくのだと思います。

    ご家庭においても、互いに「ありがとう」を交わしあえる時として、あるいは「労わりあい、思いあう」時としてクリスマスを迎えられたら素晴らしいですね。どうぞ温かい幸せなクリスマスをお迎えください。そして、私たちと同様に、世界中の子どもたちが幸せなクリスマスを迎えられるようにお祈りいたしましょう。


    ◆今月の聖句 「あなたがたの光を、人々の前に輝かしなさい」(マタイ5:16)


     イエスさまは「愛の人」と言われ、その生き方や、み言葉を通して「愛」を私たちに教えてくださっています。また、イエスさまは「世を照らす光」とも言われ、私たちに生きる喜びを教えてくださいます。

    「あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。そのように、あなた方の光を人々の前に輝かしなさい」(マタイ5:14-16)

     私たちは、一人ひとり顔や性格が違うように、神さまから様々な賜物(たまもの)を与えられています。友だち、また親子であっても違う人格や能力を持ち、「私」という存在は世界で唯一のものです。賜物とはその人に与えられた「光」のようなものであり、「賜物を生かす」ことによってその光は増し、生き生きとその人らしい生き方ができるのです。しかし、「みんなができているのに」とか、「みんなと同じように」などと、人と比べてばかりいたり、自分の賜物を出せないまま引っ込めていたりすると、その人の「光」は次第に輝きを失い、やがては消えていってしまいます。生き生きと生きるどころか、「一体自分は何のために生まれてきたのか?」という問いに対していつまでも答えの出せないような暗い人生になってしまいます。

     イエスさまはこのみ言葉の中で、「あなたがたは世の光である」とおっしゃっています。主語を子どもに置き換えてみると、「子どもたちは世の光であり、子どもたちの光を人々の前に輝かしなさい」という言葉となります。これは、お子さんを友だちと比較したり、お子さんを委縮させてしまうような育て方ではなく、お子さんに与えられた「賜物=光」は何なのかを見つけ、その「光」を一番高いところにおいて育てていきなさいというイエスさまから子育てにあたる私たちへの力強いメッセージなのではないでしょうか。

     
    園長 石川 勇

  • 2011年度11月 ⑦あそびについて7年前

    ◆楽しい子育てに向けて -⑦あそびについて-

     活動の2学期の中、過日は「プレーデー」をたくさんの親御さんもご一緒に、喜びいっぱいに行うことができました。ご協力いただいたお一人おひとりに心よりの感謝を申し上げます。子どもたちは、体を動かす楽しさを十分に感じ、「やってみよう」の気持ちをもって、身体も心もいっぱいに使って「実りの季節」を意欲的に過ごしています。

     さて、今月のテーマは「あそび」です。良いあそびは子どもの成長を促します。また、あそびの内容は成長に応じて変化します。ご家庭で、また幼稚園で、お子さんがどのように遊んでいるかを知り、理解していくことは子育てにあたるうえでも、お子さんの成長を考えるうえでも大切なポイントであると思いますので、ぜひご一緒に考えてみましょう。

     幼児期前期(3歳頃まで)のあそびは、お父さんお母さんを相手に一人で遊具やおもちゃを使って遊ぶことが主です。一つのあそびへの集中時間は短く、次から次へとあそびが変わっていく様子も多くみられます。しかし、幼児期も後期(3歳から6歳)になるにつれ、次第に「友達あそび」ができるようになり、ついにはある一定の時間の中で友達と上手に遊びきることができるようになります。そして同時に友達や仲間との関係が深められていきます。これには当然幼稚園での生活が大きく影響していることは言うまでもありませんが、この時期に芽生えてくる「友だちへの興味や関心」も大きく関係しているのだろうと思います。友だちへの興味や関心が、一緒に遊ぶという経験を「積み重ねていく」ことで広げられ、高められていき、その結果として関係が深まるのだと思います。幼稚園での毎日はあそびの積み重ねでもあります。

     「お友達と仲良く」という言葉を大人はよく口にします。しかし、友だちあそびもろくにせずに「仲良く」することなどできません。仲良く遊ぶためには数多くの失敗が必要なのです。その失敗とは、遊びの中で友達とぶつかる経験です。しかし、友だちとぶつかるためには「対等の主張」ができなくてはなりません。ですから、まずは自己発揮と自己主張(自分のしたいあそびを見つけ、自分でやってみようと思うこと)を持つことが何よりも大切です。そうして自分の主張と相手の主張がぶつかる事ができるのです。主張がぶつかるとあそびが途切れますし、強いぶつかりあいの場合はケンカになることもあるかもしれません。しかし、それらの過程で子どもは多くのことを学びます。失敗を繰り返さないようにするにはどうするかを体験的に学習するのです。こうして少しずつ「他者理解」ができるようになっていきます。三歩歩いて二歩下がるという言葉のように、うまく遊べたり、失敗したりの日々が子どもたちの成長には必要不可欠なのです。

     この過程で大人が心がけたいことは「待つ」、そして「聴く」という関わりではないでしょうか。失敗しないように「指図する」ことよりも、あそびを見守り、お子さんの話によく耳を傾けて、本当はどうしたかったのか、お友達の気持ちはどうだったのか、明日はこうしてみようなど「支え、励ます」姿勢が必要だと思います。成長とともに変化するお子さんのあそび、その変化に合わせた親の関わりを考えてまいりましょう。


    ◆今月の聖句 「主は必ず良いものをお与えになり、わたしたちの地は実りをもたらします」(詩編85:13)


     1620年イギリスの清教徒団が、イギリス教会の宗教弾圧を逃れ"メイフラワー号"でアメリカのマサチューセッツ州プリマスに到着しました。上陸した年の冬は寒さがとても厳しく、さまざまな困難にも見舞われ、100人程いた清教徒は半数ほどになってしまいました。翌年、生き残った人たちは先住民であるネイティブ・アメリカン(インディアン)に狩猟や農耕を教わり、春夏一生懸命働き、ようやく生き延びることができたのです。その秋の収穫時、清教徒達は教会に集い、会食を催して収穫を喜び、神様に感謝する会を催しました。この席には、恩人であるインディアン達も招かれました。インディアン達は、お礼に七面鳥や鹿の肉を持って集まり、清教徒とインディアンたちは、3日間戸外のテーブルに食物を山と積んで、神様に感謝を捧げ、讃美歌を歌ったそうです。これがThanksgiving Dayの起源です。

     収穫を感謝する時を迎えました。今年も野に山にもたらされた「実り」の恩恵を受けてこうして命が与えられていることに感謝し、喜びをもって毎日を過ごしていきたいものです。特に都市型のライフスタイルにあっては、収穫の喜びにあずかるチャンスも滅多にあるものではないと思いますので、努めて土に触れることや、自然と触れ合う機会をもつことが大切であるように思います。

    幼稚園でも来週、収穫を感謝し、その喜びにあずかる機会がもたれますが、おいも掘りや遠足といった、実りや自然と直接触れ合う体験が、この感謝につながる貴重な体験であると思います。どうぞご家庭でも様々な工夫のもと秋の実りを感謝し、楽しんでお過ごしください。

    園長 石川 勇

  • 2011年度10月 ⑥会話について7年前

    ◆楽しい子育てに向けて -⑥会話について-

     季節は秋を本番に迎えました。来週にはいよいよプレーデーを行います。爽やかな季節の中で身体も心もいっぱいに使って皆で楽しみたいと思います。

     さて、今月は会話について考えてみましょう。家庭で会話がゆたかにある子どもは語彙も豊富で、「話す」ことはもとより「聞く」ことにも意欲的であるといわれます。幼児期は好奇心も旺盛になり、様々なことにチャレンジして、友だちとの遊びも盛んになる時期です。お子さんが著しく成長するこの時期に、是非「家庭の中の会話」について見直してみましょう。

     「会話」とは読んで字の如し、会って話すことですから、家事をしながら、あるいはテレビを見ながらではなく、お子さんとゆっくりと向き合って、表情なども交えながら行うものです。また、会話は指示や注意とは違います。どちらかが一方的に話す、聞くではなく、安定した気持ちで、会話の中に「話す」場面と「聞く」場面とがきちんとあることが大切です。このように考えてみると、家庭で「ゆたかな会話をしている時間」というのは案外多くはないかもしれません。忙しい毎日、お子さんとゆっくり向き合う時間はなかなかとれず、どうしてもテレビなどに頼ってしまいがちではありますが、一日の中でわずかであってもお子さんとゆっくり向き合って会話をする時間を是非とも大切にして下さい。

    自分の体験や思いを「言葉」にして表現し、相手に伝えることは簡単なことではありませんが、毎日少しずつ積み重ねることによって次第に上手になっていくものでありますから、会話の中で十分に時間をかけてお子さんの「伝えたいこと」を引き出していけるように心がけていきましょう。「食事やお風呂の時間」は落ち着いて会話がしやすい時間ですので、この時間を十分に活かすのもいいでしょう。会話を楽しむ時はテレビなどは消して、和やかな雰囲気の中で、お父さんやお母さんも率先してその日の出来事をお話し、お子さんの「話したい」という気持ちを育んでいきましょう。また、おやすみ前の絵本は、落ち着いた気持ちで入眠できるだけでなく、様々な表現やことばと出会える機会でもありますので、積極的に活用してみましょう。

    「自分の話が聞いてもらえ、お父さんお母さんの話が聞ける」ことはお子さんにとってこの上ない喜びです。また、ゆたかな会話はお子さんの心にしっかりと届き、情緒の安定や自信につながるだけでなく、そのようにして身につけられた会話力が、お友達との関係を深めるためにも、またあそびの質を高めるためにも用いられていくのです。親子の会話の時間、是非大切にいたしましょう。


    ◆今月の聖句 「いつも喜んでいなさい 絶えず祈りなさい どんなことにも感謝しなさい」(テサロニケⅠ 5:16)


     何かに取り組む時、それが「喜びをもって」なのか、「(嫌々)仕方なく」なのか、人によって取り組みの姿勢は大きく違います。そして、その取り組みの姿勢によって得られる達成感や充実感なども変わってきます。喜んで取り組むということは、自分から進んで取り組むということであり、それは「主体的」であるとも言えます。いつも喜んでいようとすることは人生を主体的に生きることにつながります。

    また、同様に「今ある状態をどのように感じるか」にも、人によって違いがあります。「満足」して生きていくのか、「不満」を感じて生きていくのか、生き方に大きく関わる価値観の違いです。今与えられている恵みに気づき、満足して生きることができる人は、日々の中の小さな幸せを見つけ、蓄積できる人であり、物事を肯定的に受け止めて「よい点を見出すことができる人」でもあります。感謝する心とは、身の回りにあるこれらの小さな幸せや喜びの一つひとつに目を留めていくことであると思います。

    子育てに当てはめて考えてみても、子育てに主体的であろうとするからこそ、「親としての学びや喜び」と出合えるのであり、子どもの日々の成長の中に幸せや喜びを見出せるのだと思います。そして、そうした日々の出来事を振り返れば、必ずそこには誰かしらの支えや協力があったことに気づかされます。これは本当に幸せなことであり、感謝なことだと思います。いろんなことが人任せでもすんでしまう時代、お金さえ払えば何でもやってもらえる時代、「感謝を失った時代」ともいえる今日の中で、このみ言葉はわたし達に「忘れてはいけない大切な心」を教えてくれています。

    人生苦しい時や悲しい時、いろいろな時がありますが、苦しい時ほどこのみ言葉を思い起こし、喜びや希望を持って前に進んでいきましょう。また、これからもお互いに感謝を交し合い、助け合い、祈り合える、この仲間を大切にしてまいりましょう。


    園長 石川 勇

  • 2011年度9月 ⑤戸外の活用7年前

    ◆楽しい子育てに向けて -⑤戸外の活用-

     長い夏休みも終わり、いよいよ2学期が始まりました。2学期は「活動の2学期」と位置づけ、秋から冬に移りゆく季節を身体も心もいっぱいに感じながら過ごしてまいりたいと思います。この学期も皆さんと「子ども達の成長」を共に喜び歩んでいきたいと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。

     一年の中でも最も過ごしやすい季節を迎えました。実りの秋、読書の秋、運動の秋、食欲の秋・・・秋は自然にも、わたし達にも、様々な恵みや楽しみを与えてくれます。どうぞこの季節、ご家庭においても積極的に戸外に出て、お子さんと一緒に様々な秋を見つけてみましょう。

    山の秋の楽しみ:初秋までは虫取り(バッタやコオロギなども大型に成長)、晩秋は紅葉、どんぐりなどの実を拾うなど。 彩り鮮やかな森に出かければ歩くだけで気持ちよい
    里の秋の楽しみ:柿やリンゴなどの果実、作物の収穫、焚き火で焼きいもなど

    この他にも秋の楽しみはたくさんあります。身の回りでも、幼稚園までの通園路で例えば柿の木があるとすれば、その木を日々お子さんと定点観察してみましょう。秋の深まりにあわせて実が大きくなったり、色づいたりする様を見る事も、お子さんと一緒に秋を楽しむ方法の一つです。また、秋は中秋の名月に表わされるように、空が高く澄んでいますので、星空観察にも良い季節です。お子さんと星空を眺めながら、星座や流れ星を見つけるのも楽しい時間です。

    都会的な生活は便利で快適である反面、気をつけていないと季節感や生活の工夫力、応用力まで奪われてしまいます。特に季節感は頭で考える「知識」とは違い、体験により五感で習得する「感覚」であり、実際に外に出て、見て、聞いて、嗅いで、触って、味わうことによって身につくものでありますから、幼いうちから四季折々自然の中でたくさんの体験を積むことが大切であると思います。

     どうぞこの秋、ご家族でいろいろな秋を見つけにお出かけください。皆さんで「こんな秋を見つけたよ」と報告しあえたら楽しいですね。


    ◆今月の聖句 「平和をつくり出す人々はさいわいである。彼らは神の子とよばれるであろう。」(マタイ5:9)


    まもなく迎える9月11日は東日本大震災から半年という時であり、アメリカで起こった同時多発テロから10年という時でもあります。
    世界ではリビアでの紛争や、ソマリアでの干ばつなど大きな国際問題として報じられ、国内においても先日の台風により近畿地方の各地において大きな被害が発生しました。福島原発の問題も未だ解決をみせません。
    経済問題は国内外においても益々深刻化し、日本の失業率も悪化の一途をたどっているという状況です。
    平和の定義は「戦争や災害のない状態、心配やもめごとのない和やかな状態」とされています。平和は決して恒久的なものではなく、時々刻々生じる心配やもめごとを「平和的に解決することによって維持させている」のであり、取扱を間違えれば途端に平和な状態は崩れてしまうということをわたし達は忘れてはいけないと思います。新しい政権のもとで日本がどのような舵取りをしていくのか、平和の維持に向けて力を発揮してもらいたいと心から願います。
    さて、平和を考える時、(国であっても人であっても)いかに良好な関係を築くことができるかが鍵となるでしょう。互いに主張し対立するのではなく、互いに聞きあい、協力し合うこと、損得ではなく愛が中心となるような関係を築くことが「平和をつくり出す」という行為なのだと思います。
     幼稚園でも、今月は「平和」をテーマとして、「平和をつくり出す」身の回りの行動について子ども達と考え合う時がもてたらと考えています。どうぞご家庭においても「家族の平和」について考え、話し合ってみて下さい。これからも「子ども達の将来が平和であり、(わたし達のように)幸せな子育てができるように」祈り、またこの平和をみんなで守ってまいりましょう。



    園長 石川 勇