• 2011年度4月 ①幼稚園の活用7年前

    ◆楽しい子育てに向けて -①幼稚園の活用-

    ご入園、ご進級おめでとうございます。いよいよ2011年度の保育が始まりました。今年度も子どもを中心としてご家庭と園とが心を合わせ、ご一緒に歩んでいけたらと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

    このペーパーは、「園長が思うことを自由に書いてもよい」という私にまかされた数少ないチャンスでありますので、父母会の時に合わせて私の思いを述べていきたいと思います。今年は、◆楽しい子育てに向けてと、◆今月の聖書(聖書個所は子どもの礼拝と同じ)という2本立ての内容で考えてみたいと思いますので、一年間どうぞお付き合いください。そして、読んだ後には「まあ素晴らしい!」、「よくわからん!」など、どんな感想でもお寄せくださると私の励みにつながりますので、皆さんどうぞお支えくださいますように。

    さて、今月は「幼稚園の活用」について考えます。「子育て」の字をよく見ると「子を育てる」という親目線の表現であることがわかります。親としてどのようにお子さんを育てるか、親である以上、皆さんが頭を抱える問題です。ある講演会の時に「子育ち」という話しを聞いたことがあります。これは「子どもが自分で育っていく」という子ども目線の表現です。「子どもは自分で育つもの」、「親はそれを見守り、応援し、手伝うもの」という関係を忘れずに!というお話しでした。確かに、子育てを取り違えてしまうと、親の言いなりになる子どもを育てようとしてしまいがちです(=管理)。しかし、子どもにも意思があるので親の思った通りに行動するはずもなく、気がつけば注意や指示ばかり…、ひどい場合にはしつけという名のもとに、どう喝、暴力という最悪の行動に至ってしまうことすらあります。だからと言って、子どもは勝手に育つから親は何もしなくてもよい(=放任)というのもよろしくない考えです。これは子どもがやりたい放題、節操もなく自分勝手に育ってしまうという問題を引き起こします。親として「子育ち」と「子育て」をよく理解することが、楽しい子育てにつながっていくひとつの目標と言えそうですね。

    そこで、楽しい子育てのために幼稚園を活用しましょうというのが今月のテーマです。幼稚園とは子ども同士が互いに育ちあい、育てあう場です。規則、規律正しい生活の中で、ゆったりと安心した雰囲気の中で、あるいはワクワク刺激いっぱいの活動を通して、そして先生や、友だちに見守られ支えられながら、「安心して自らが大きくなっていける場」なのです。成長の過程ではたくさんの失敗があります。時には不安なこともあるでしょう。しかし、その一つひとつを乗り越えてお子さんは強く、大きくなっていくのですから、親は子を努めて肯定的に励まし、応援してあげる必要があります。お子さんの話に耳を傾け、答えを与えるのではなく「共感していく」関わりが大切です。そして、幼稚園で元気いっぱいに過ごせるよう、食事や睡眠、規則正しい生活を心がけ、健康に過ごし、ご家庭でも楽しい幼稚園のお話しや歌に溢れるよう工夫してみましょう。

    幼稚園でどんなお友達ができたのか、今夢中になっている遊びはどんな遊びか、挑戦していることはどんなことなのか、どんな困難を乗り越えられたのか…。幼稚園で「自ら大きくなっていこうとしている」お子さんの最大の理解者、援助者は先生です。担任や主任の先生と豊かに交わり、ご家庭とは違う角度からもお子さんを見てみましょう。きっとお子さんの新たな一面に出会えることでしょう。

    ◆今月の聖句 「はじめに神は天地を創造された」(創世記1:1)

     この言葉は「聖書」に一番初めに書かれている言葉です。光も、海も、生物も、そして天も地もないところから、神様はこの世界を創造されたと書かれています。天と地、光、海と陸、太陽や月、そこに住む動植物、そして最後にご自分にかたどって人間をお造りになられました。「主なる神は土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。(7節)」とあります。このように天地創造の記述は私たちに驚きと感動を与えてくれます。それは、自然も動植物も、そして私たちも神様の被造物であり、相互に深く結びつき、神様から命を与えられているということです。
     地球温暖化や、石油の枯渇問題、あるいは国内においても年間3万人を超える自殺者や、DV、ニート、不登校、子どもの鬱…。世界も国内も様々な危機や問題を抱え、その中で多くの大人や子どもが病んでいます。競争や比較、結果主義の渦巻く社会を生き抜くことは容易ではありません。自分の存在意義や、人生の意味をも見失い苦しんでいる人達がなんと多いことでしょう。まったく大変な時代となりました。
    しかし、「神様に造られた世界」に、「神様に造られた私たち」が、「命を与えられて」生きているという前提に立つと、私たちがどう生きるべきかについて道が示されるように思います。つまり、人間の生き方とは、手段を選ばずに自然を破壊し開拓開発することや、命を削ってでも人と競争して勝ち抜くことではなく、自然に対して畏敬の念をしっかりと持ち、人間同士も互いに愛しあい、助けあって生きていくことが本来の生き方であるというメッセージを受け取ることができるのです。今こそ「人にも自然にも優しい生き方」が問われているように思えてなりません。

    園長 石川 勇