• 2017年9月 ⑤経験2週間前

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    ◆共に生きる -⑤経験-
     
     夏休みが終わり、2学期がスタートしました。今学期は「活動の2学期」と位置づけて、秋から冬へと移りゆく季節をこころと身体いっぱいに感じ、楽しみたいと思います。今学期もどうぞよろしくお願いいたします。

     さて、今月は子どもたちの「経験」についてご一緒に考えてみましょう。何によらず私たちは「経験」に基づいて考え、また行動して今を過ごしています。目の前にある出来事をそれまでに経験した出来事とすり合わせながら想像し、見通しを立ててどう行動したらよいのかを考えます。ですから経験のないことに遭遇すると、どのように行動したら良いかわからずに戸惑い、大きな不安や心配を抱きます。

     昔ある動物園に「泳げないペンギン」がいたそうです。このペンギンはヒナの時にお母さんを亡くし、その後は飼育員さんが育てたそうですが、泳ぐことを教えるのは非常に困難で、結局泳げないペンギンになってしまったそうです。ペンギンにとって泳げないことは致命的であり、当然自然界では生きていくことができません。ペンギンが一人前に育ち、生きていくにも親から子への教育があり、また経験を積み重ねていく日々が必要なんだなぁと思わされるお話です。

     人間にも社会の中で一人前として生きていくために大切な「知恵や業」があると思います。そしてこれらのものは幼い頃から教えられ、また経験を積み重ねながらだんだんと身につけていくものです。ですから、子育てにおいて目標をしっかりと持ちつつ、かつ長いスパンで(時間をかけて)焦らずにゆっくりと関わり(教え)、経験させてあげることが必要なのです。昔と違って、今は生きる術を教えてくれる周囲の大人(おじいちゃん、おばあちゃん、近所・地域の人など)が身近にほとんどいない時代ということもあり、ご両親の役割はおのずと増えているかもしれませんが、人間版「泳げないペンギン」にしないためにも家庭の教育や経験について今一度考えてみることがとても大切であると思います。

     20年かけて、お子さんを「自分(・・)の(・)足(・)で歩けるように」見守り、育てていくことが子育ての目標であり、子育ての醍醐味であると思います。子育ては決して親の思い通りの子どもにしていくことではありませんし、逆に子どもの思う通りに何でもしてあげることでもありません。どうぞこれからもお子さんの成長にとって「いい経験」を積み重ねていけるよう、ご家庭での関わりや環境を考え、実践してまいりましょう。


    ◆今月の聖句 「あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。」 (コリントⅠ12:27)

     一つの体は、手や足、鼻や口というようにいろいろな部分が集まってできています。手には手の、足には足の、鼻も口も、みんなそれぞれに違う仕事をして、でも互いに協力し合って体のために働いています。例えば、ご飯を食べる時には目や鼻が働いてそれがおいしいものなのか、どこにあるのかを確かめます。そして、手や指が働いて食べ物をつかみ、口に運びます。口は食べ物を小さく噛み砕いて体の中に入れるお仕事をしてくれます。さらに、おなかの中にもそれを消化して栄養にするためのいろんな働きを持つ部分があって私たちは生きていけるのです。これらの部分でどこが一番偉いかとか、凄いかとか考えても仕方ありません。むしろ体のためにみんなが協力して働くことが大切ですし、体にとってそのすべてが必要なのです。

     さて、体の部分が違うように、私たち一人ひとりも皆それぞれに顔も性格も、得意なことも違っています。お話しが上手な人、よくお話が聞ける人、歌の上手な人、やさしい人、頭のよい人、体が強くて力持ちの人…。このように一人ひとり違う私たちですが、やはり誰がこの中で一番偉いとか、凄いとか考えても仕方ありません。体の部分のように、つながっているイエスさまの御用をお手伝いできるように自分の力を発揮し、みんなと協力していくことが大事なのです。イエスさまの御用とは何でしょうか。それは、「平和な世界、人々が互いに愛しあえる世界」を作る事です。

     幼稚園でも、お家でも、これから大きくなって大人になっても、ずっとイエスさまにつながっている私たちでいましょう。そして、それぞれの力を発揮して、周りの人たちと力をあわせ、平和な世界、互いに愛しあうことができる世界を作れる私たちになりましょう。(子どもの礼拝要旨)

    園長 石川 勇

  • 2017年7月 ④安定と刺激2ヶ月前

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    ◆共に生きる -④安定と刺激-

     暑い日が続いていますが、幼稚園では毎日元気な子どもたちの声が響き、いよいよ充実して毎日を過ごしています。気がつけばまもなく一学期の終業を迎えようとしています。それぞれに新しい環境の中でスタートした今学期でしたが、先生や仲間と出会い、共に歩みを重ねることができた貴重な日々であったと思います。この「出会いの一学期」を通して子どもたちは一回り大きく成長することができました。こうした「ゆたかな日々」を歩めたのも、ご家庭の本園の教育活動に対する深い理解とご協力のお蔭であると教職員一同皆さんに心よりの感謝を申し上げたいと思います。

     さて、間もなく長い夏休みを迎え、ご家庭でお子さんと過ごす時間も長くなりますが、ぜひ安全で有意義な夏休みを過ごしていただきたいと思います。今回、生活を豊かにするキーワードとして、「安定と刺激」という言葉をご紹介したいと思います。子どもの成長にとって毎日の生活が「安定」していることは何よりも大切です。そのためには、なるべく生活リズムを一定に保ち、活動と休息のメリハリをつけることや、子どもの生活時間(食事、就寝時間など)、環境(あそび場、テレビ番組の選別、時間管理など)を管理してあげることが必要です。また、管理するだけでなく、お子さんが自ら「見通しを持って生活できるように」いろいろと工夫してみるとよいと思います。例えば、生活の流れが目でもわかるように、起床から就寝までの時間や活動を書いた(描いた)紙を壁に貼り、お子さんと一緒に見通しを立てながら生活するのも良いアイディアですし、また、家族の役割を決めておき、お子さんにも何かの係りをしてもらったり、あるいは家事のお手伝いをしてもらったり、近日中に幼稚園から持ち帰る「夏休みのお約束表」を活用し、ご家族で夏休みの「お約束」を話し合い、皆で実行したりするのも日常生活を安定させる良い取り組みとなるでしょう。親が管理し指示する生活から、少しずつでも主体的な生活が送れるように、安定した生活を通して「自分で考え行動できる力」を身につけさせてあげたいものです。

    一方の「刺激」は時々訪れる「ワクワク・ドキドキ」の機会です。夏休みはお出かけや旅行など、普段できないような体験をするチャンスでもありますし、お出かけや旅行ができなくても、「プールや公園に行っていっぱい遊ぼう!」でも子どもにとっては十分な刺激となります。是非ともお子さんと一緒に計画し、「指折り数えて」その日を迎えられるようにしてあげましょう。

     このように、安定した毎日の生活と、時々訪れる刺激を上手にデザインして毎日の生活をぜひ考えてみてください。夏休みは親子関係を見つめ直す時でもあると思います。成長に応じた親の関わりに気付いたり、さらに親子関係を強く、太くしたりできる時です。どうぞ夏休みを有効に使って有意義な時をお過ごしください。


    ◆今月の聖句 「平和を実現する人々は幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」 (マタイ5:9)
     
     平和とは、みんなが争うのではなくて、みんながやさしい気持ちをもって支え合い、お互いを大切にしあうことを言います。人と人とが争うと「言い争い」や「ケンカ」となりますし、国と国とが争うと「戦争」となってしまうことさえあります。

     神さまはこの世界をお創りになられた方であり、私たちも神さまに創られた一人ひとりです。神さまは私たちが自分勝手な考えでお互いに争い、傷つけあうことを望んでおられるでしょうか?きっとそうではなくて、私たちがお互いに助け合って、大切にしあう、「平和な世界」を作ることを望んでおられると思います。

     平和を実現するとは、平和を作り出すということです。私たち一人ひとりが「平和を作り出す」気持ちを持って毎日の生活を過ごすことが大切なのです。そのためには「相手の気持ち」に気づいたり、考えたり、その人の立場になって考えたりすることが大事ですし、みんなで心や力を合わせることも大切です。

     これからも、お家では家族に対して、幼稚園でもお友だちや先生に対して、「みんなが平和でいられるように」考えてすごせる皆さんでいましょう。そして、神様に喜んでいただける行いができる子どもとして大きくなっていきましょう。(子どもの礼拝メッセージ要旨)



    ◆夏の安全(夏休みを前に)

    戸外に出る時、特に以下の点に気をつけましょう

    1. 直射日光、気温
    夏の日差しは身体に大きな負担をかけます。必ず帽子をかぶり、直射日光の下で長時間遊ばないように気をつけましょう。また、気温に対しても適切な判断が必要です。30℃を超えるような炎天下の中で遊ぶ時には、熱中症(日射病、熱射病)や、過度な日焼けへの対策をしっかり講じておきましょう。木陰を上手に活用して遊ぶ、涼しい場所で休憩をしっかりとることなども大切なポイントです。

    2. 水分補給
    子どもの体重は大人の1/3以下であることを常に考慮しましょう。身体の貯水量(タンク)が大人に比べて小さい反面、発汗量は大人と同じと考えれば、大人の何倍も給水をする必要があるというわけです。夏の季節は特に脱水症に注意が必要です。

    3. TPOに合わせた服装
    暑いからといって肌を露出したまま藪や森に行くのは危険です。草むらにはかぶれる草や毒虫、トゲなどが潜んでいます。夕方などにはヤブ蚊等も大量発生します。草むらに入る時には少なくとも長ズボン、靴下、靴という服装で、必ず虫除けもしていきましょう。また、万が一の時に備えてファーストエイドは用意しておきたいものです。
    その他、山登り、水遊び、キャンプなどそれぞれTPOに合った服装で出かけるようにしましょう。

    4. 水上安全
    夏の季節に一番気をつけたいのは水の事故です。ご家庭で海や川、プールに出かける機会も多いと思いますが、絶対にお子さんから目を離さないように、また、水温、水深、流れなどはもちろん、入水時間も必ずチェックして遊ばせましょう。また、休憩時には日陰で保温、水分補給を十分にさせましょう。

    5. その他
    ・ 規則正しい生活に心がける:就寝・起床・食事・帰宅時間など
    ・ 健康管理に気をつける:手洗い、うがい、寝冷え、クーラーも適度に
    ・ 健康に、安全に過ごせるアイディアを子どもと一緒に考え、家族で守る



    ◆家庭でできる手軽なあそび-

     道具が必要ないもの
      なぞなぞ・クイズ・ジャンケン・手遊び・歌・かくれんぼ・おにごっこなど…
     道具を使って
      サッカー・キャッチボール・フリスビー・縄跳び・自転車・花火・お絵かきなど…
     工作して
      魚釣りゲーム・お面・たたかいごっこ・ダンボールのお家作り・仮装・粘土など…
     おでかけして
      公園・動物園・水族館・博物館・プール・映画・虫取り・木登り・山登りなど…
     スペシャル企画
      旅行・帰省・キャンプ・バーベキュー・天体観測・お友達のお家にお泊りなど…

    ちょっとしたアイディアで楽しい活動ができるはず。お子さんと一緒に計画してみてはいかがでしょうか。


    園長 石川 勇


  • 2017年6月 ③ベターな生活の中から3ヶ月前

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    ◆共に生きる -③ベターな生活の中から-
     
     梅雨の季節を間近にひかえ、いよいよ夏が近づいてきました。保育も一学期の高まりを見せ、子どもたちの元気や意欲もぐんぐんと育ってまいりました。これからの日々も、遊びや友達との関係をさらに充実させていくことを願って歩んでいきたいと思います。子どもたちの毎日をどうぞご一緒に喜び、また応援してください。

     さて、今月は「ベターな生活の中から」と題して、ご一緒に「共に生きる」ことについて考えていきたいと思います。「ベストを尽くす」という言葉がありますが、これは自分の持っている能力を最大限に使って取り組む姿勢を表す時に使われる表現です。このような表現は学校や職場においてもよく使われます。「何事も一生懸命に取り組むことが大切です」、「業務の成績を上げるために各自のベストを尽くして」等々…。確かに目的達成のために一生懸命に取り組み、結果を出すことは素晴らしいことでもあり、自分自身にとっても大きな達成感を感じられることでありますが、同時に費やす労力も大きく、気力や体力を著しく消耗させます。過度の緊張や集中が蓄積されると、あるいは結果が伴わないような場合に、過労や挫折となって燃え尽き症候群やうつ病などの疾病につながっていくと言われています。就職の面接を何社受けても内定が取れずに鬱になり自殺してしまう若者達、頑張って成績を出しても翌月にはその上のノルマを課せられるような毎日の中で身体を壊してしまう人達などの話を聞くと、「何のための人生なのか」と考えさせられます。

     これは子育てにおいても同じです。子どもへの期待や要求が高いほど指示や注意が増え、子どもからしてみれば「ベストを尽くし続けなくてはならない」毎日となりますし、親の求めどおりに子どもが反応しない場合には親にとっても大きなストレスとなっていきます。「何回言わせれば気がすむの!」とか、「こんなにやっているのに!」といったぐあいに…。「この子にはこんな大人になってもらいたい」と願いを持つことは素晴らしいことですが、願いは願いであって、それを「課題」にしてはいけませんし、結果をすぐに求めることも、親の思う通りにさせようと考えることも間違いです。親御さんにはお子さんの評価者ではなく、「良き理解者」になってもらいたいと思います。成長の階段を順調に上がる子もいれば、二段あがって一段降りながら成長していく子もいます。子どもにはそれぞれ個性があり特徴があるのですから、その個性や特徴を良く「理解して」あげ、「十分に認めてあげる」ことが大事なのです。皆さんには、「たとえ将来、この子が誰からも愛されず、理解されなくなっても、私だけはこの子を愛し、理解してあげられる存在でいたい」と思う親御さんになってもらいたいと心から願います。

     「ベターな生活」とは、第一に現状に満足、感謝することから始まります。足りないものを探すのではなく、与えられている幸せに気づき、「今」を充実させていこうとする生活であり、自分自身に対しても等身大を心がけ、いつも心に余裕を持てるように気をつけながら、「より良く快適に」生活するための小さなアイディアを一つひとつ実践していく過ごし方です。生活の過ごし方(リズム、身辺自立、会話…)、食事、環境(部屋の使い方、明るさ、香り…)、その他(お手伝い、ベッドタイムストーリー、絵本…)など、お子さんとの生活をより充実させるヒントはたくさんあると思います。どうぞベターな生活の中から子育てを見つめ直し、お子さんの理解を深め、また家族の絆を強めて、これからもずっと続いていく家庭生活が「愛と笑顔」にあふれるように願い、歩んでまいりましょう。


    ◆今月の聖句 「幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。」 (ルカ11:28)

     聖書を開くとたくさんの「神さまの言葉」が書かれています。独り子であられるイエスさまがその口を通して私たちに語った様々な言葉や、その教えを受けた弟子たちが書き残した言葉などです。聖書にはまた、人間の持つ性(さが)や弱さ、不完全さについても多く触れられています。私たちは他の動物とは比較にならないほどの高い知能を持つ存在でありながら、そうであるからゆえに傲慢になり、結果自らの首を絞めるような愚かさを持つ存在でもあります。

     自分の命は自分のものではなく、神様から与えられたものであると考えるからこそ大切にできるのです。同じように、この世界も神さまから託されたものであるからこそ皆で平和を創り大切に残してしていかなければならないと思います。私たちは子どもたちへ「一つのものを奪い合うよりも分け合う価値」を、「限りあるものを独り占めするよりも周りの人や後の人のために大切に残す価値」を教えていかなければなりません。なぜなら、聖書に書かれている神さまの言葉は「愛と平和」そのものなのですから。
     

    園長 石川 勇

  • 2017年5月 ②自己発揮と他者理解4ヶ月前

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    ◆共に生きる -②自己発揮と他者理解-

     5月に入り気持ちの良い気候の中、子どもたちは春を満喫して幼稚園生活を過ごしています。年中組に続き、先日には年少組の親子遠足が行われ、ゆたかな出会いや交流の時を持つことができました。ご参加いただいた皆さんには、随所でご協力いただきありがとうございました。年長組はもう少し季節が進んだ6月末に親子遠足を予定していますので、ぜひお楽しみにしていて下さい。

     さて、今月のテーマは「自己発揮と他者理解」です。このテーマは、幼稚園における集団生活の大きな目標でもあります。自己発揮とは、集団の中で自分の内側に持っている欲求や感情などを言葉や態度、行動などで表す(発揮する)ことであり、他者理解とは、お友達の意見や個性を尊重し、受け容れることです。発揮することと受容すること、この二つのセンスは一見対極的にあるように思えますが、どちらも子どもの成長にとって欠かせない重要な要素であり、この両面を伸ばしていくことが大切であると思います。

     子どもにとって人前で自分を表すことはとても勇気のいることです。特に緊張や不安が高いと自分を出すことはできませんし、「したい遊びがある」等、主体的でないとなかなか自己発揮にはつながっていきません。一方、他者を理解するというセンスは直接的、かつ深い関わりの中でしか身につけられません。いろいろな個性と触れ合い、過ごすからこそ、「自分とは違う考えや気持ち」を少しずつ受け容れ、理解できるようになっていくのだと思います。これらの経験は「教え事」ではなく、「自らが積み上げていく」ものであると思います。幼稚園で友達と一緒に過ごし、遊びこむ毎日は、言い換えればこの二つのセンスを同時に養い育てていく毎日でもあり、子どもの成長にとって非常に価値のある経験であると思います。

     「All for one, one for all(みんなはひとりのために、ひとりはみんなのために)」よくラグビーのチームプレー精神に用いられる言葉ですが、幼稚園で毎日積み上げられる友だちとの関係もこの感覚と近いような感じがします。年少組では先生を主導として十分に集団の場に慣れて安心して過ごし、自分の好きなあそびを見つけたり、気持ちを言葉に表したりできるように、年中組では友だちあそびを中心として友達と遊びこみ、ゆたかな相互作用の中で、「自分の気持ちを伝えること、友だちの気持ちに気づくこと」を体験的に学べるように、そして年長組ではクラスの一員としての自覚を持ち、「クラスに貢献できる自分」として個々の力を大いに発揮していけることを大きな願いの一つにして毎日の生活を積み重ねていきます。子ども同士が平和で対等な関係であるようによく見守りながら、友達とのあそびや関わりを十分に経験させてあげ、子どもたちが自分の器を広げていけるよう心から応援したいと思います。

     どうぞご家庭においても、お子さんのこうした幼稚園生活に目を留めて、小さな一つひとつの勇気と挑戦を認め、祝福していただきたいと思います。時にはドキドキしたり、お友達とうまくいかなかったりする日もあるかと思いますが、そんな時にはどうぞたくさん勇気づけて明日への活力を取り戻せるように応援してあげてください。友だちの中で「自己発揮と他者理解」を十分にさせてあげられる幼稚園時代としてまいりましょう。



    ◆今月の聖句 「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない」 (詩編23:1)

     羊の群れを率いて養っていく人を羊飼いと呼びます。羊飼いは何百、何千というたくさんの羊を青草に連れて行き、水のほとりに導き、羊を襲うオオカミや盗人から羊を守ります。

     私たちは羊のような存在で、神さまは私たちの羊飼いです。神さまは私たちを養い、危ないものから守ってくださいます。また神さまは私たち一人ひとりを愛してくださり、一人ひとりに目を留めて、私たちの心の祈りに耳を傾けてくださいます。ですから私たちも神さまに守られて安心して過ごせるのです。

     羊が羊飼いを信頼して従っていくように、私たちも神さまに心を開き、信頼して、いつも「ありがとうございます」の心を忘れずにすごしていきましょう。そして、神様に喜んでいただけるような子どもになっていきましょう。(子どもの礼拝要旨)


    園長 石川 勇

  • 2017年4月 ①出会い、出合いで、愛5ヶ月前

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    ◆共に生きる -①出会い、出合いで、愛-

     お子さんのご入園、ご進級おめでとうございます。今年度もお子さんの健やかな成長を共に願い、ご一緒に知恵と力を合わせて「ゆたかな一年」を歩んでいけたらと教職員一同願っております。どうぞ幼稚園をご自分の場として、また幼稚園の毎日を大切にして日々をお過ごしください。また、担任の先生を主たるパイプとして幼稚園とご家庭とが深くつながれることを心より願っておりますので、日々の交わしあいを大切にして、どんなことでもお話しご相談ください。この一年もどうぞよろしくお願いいたします。

     父母会に合わせて「園長のつぶやき」的な文章を書き、父母の皆さんに読んでいただいております。今年は「共に生きる」というテーマのもと、毎月私なりの所感や雑感を書くつもりです。ぜひ今年度もお付き合いいただき、皆さんの子育ての話題の一つにでも挙げていただけたら幸いです。

     さて、幼稚園では一学期を「出会い(出合い)の一学期」と位置づけて、まずは新しい部屋や先生、友達、あるいは生活などに出会い、慣れること、そして子ども自身が「新しい環境を自分の中に取り入れていけるように」することを目標として過ごしていきます。新入園児はもちろん、進級児も、今まさに「期待と不安が入り混じる」中で一生懸命にこの「出会いのとき」を過ごしておりますが、とりわけこの「初めの時」を大切にしたいと考えています。それは、今月の表題(=出会い、出合いで、愛)にもあるように、子どもたち一人ひとりに「愛につながるような出会い」をしてもらいたいからです。子どもたちの個性は十人十色、みんなが幼稚園の主役です。先生も含めてお互いをありのままに受け入れあい(=出会い)、一緒に笑い、泣き、共に歩んでいく中で「仲間としての愛」が育まれます。また同時に一つひとつの経験(=出合い)が子どもの世界を広げ、意欲や興味を高めていきます。そして、こうした日々の積み重ねから「自身への愛=自尊心」も育まれていくのだと思います。子どもの成長にとって出会い(出合い)がいかに大切かを思わされます。

     ご家庭においてもぜひお子さんのこうした出会いを尊重してあげてください。大人の価値観(好き嫌い)は時としてお子さんの意欲や興味を摘んでしまう可能性があることを知り、改めてお子さんとの関わりを考えてみましょう。例えば、「虫との出合い」は小さな命を通して自然への関心や興味を育む大きなチャンスです。が、「気持ち悪い!お母さん嫌いだから見るのもいや!」などと言ってしまったら、せっかく芽生えたお子さんの興味、好奇心を摘んでしまうことになるでしょう。自分が虫を好きではないにせよ、あるいはお家では飼えないにせよ、せめて「虫が好きになったのね。よかったね。」と言ってあげたいものです。同じように食べ物や絵本、歌などお子さんが出合ったものをご家庭においてもできるだけ尊重してあげましょう。生涯「共に生きる」大切な存在であるお子さんだからこそ、最大限のrespect(敬意)を持ってその成長を応援していきたいものです。是非とも皆さんで子どもたちのこの出会い(出合い)を応援してまいりましょう。

      
    ◆今月の聖句 「私たちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます」 (コリントⅡ4:18)

     「目に見えるものを見る」ことは誰にでもできますが、「目に見えないものを見ようとする事」はなかなかできません。しかし、目には見えないけれど大切なものがあります。毎日お祈りをしている「神さは」目には見えないけれど、私たちの近くにいていつも守ってくださいますね。それは心で感じられることだと思います。神さまも私たちの心をよくご存じです。見えない神さまと心でつながれることを私たちは知っています。

     同じように、自分とお友達の「間(あいだ)」も目には見えないけれど、何かでつながっているように感じますね。みんなといると楽しいとか、ホッとするとか…。確かに何かでつながっています。これも心で感じられることです。そのほか、「言葉」も目には見えませんが、言葉によってうれしくなったり、悲しくなったりもします。

     そのように考えると、どういう言い方をすればお友達に心が伝わるか、逆にどういう言い方はお友達を傷つけるか、同じことでも言い方によって大きく違います。見えないものに目を注ぐとは、心を使って感じ、よく考えることだと思います。あいさつひとつにしても元気よく「おはよう!」と言えばお友達に心が伝わります。「ありがとう」や、「ごめんね」もお友達に心を伝える大切な言葉です。目には見えないけれど大切なものを感じられる一人ひとりでいましょう。(子どもの礼拝要旨)
                           
    園長 石川 勇

  • 2017年3月 ⑪船出の時6ヶ月前

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    ◆よりよい幼児期を目指して -⑪船出のとき-
     
     いよいよ今年度の保育も終わりの時を迎えました。振り返ると、子どもたちの日々はどの時も充実し、かけがえのない時でありました。過ごしてきた毎日はきっと一人ひとりの心に深く刻まれ、「楽しかった思い出」としていつまでも残っていくことでしょう。これらの子どもたちにとっての貴重な日々を、園と心を合わせ共に創ってくださった父母の皆様に心よりの感謝を申し上げます。

    またこの一年は、子どもたちの成長のみならず、父母の皆さんにとっても、教師や父母仲間との出会い、深交など、「実りや喜びがたくさんあった」一年でもあったと思います。毎日の中ではきっと大変な時もあったかとは思いますが、皆で支え合い乗り越えられたことも少なくなかったのではないでしょうか。お子さんを縁として、こうしてお互いに出会えたことを喜び、感謝したいと思います。そして、この幼稚園で得た関係をこれからもずっと大切にしてまいりましょう。

     今まさに「船出のとき」を迎えようとしています。卒業やお引っ越しなどでこの幼稚園から離れていく子どもたちには、これから始まる新しい生活も神さまの守りと祝福に満たされて、健康に、そして希望に溢れて過ごし大きくなっていけるように心からお祈り、応援しています。ご家族の皆さんも健康を守られ、お子さんと共にどうぞ祝福いっぱいの新生活をお過ごしください。お別れを前にすると寂しい気持ちが湧きあがってきてしまいますが、「祈りでつながる」ことができる私たちでありますので、これからも互いのことを祈りあい、覚えあっていきたいと思います。

    そして、来年度も昭島幼稚園で進級を迎える子どもたちには、新しく始まる保育の日々を通して、こころも身体もいっぱいに使い、たくさん笑い、泣き、考え、感動して「それぞれらしく輝きながら」大きくなっていけるように父母の皆さんとさらに心を合わせて歩んでいきたいと願っています。船出を迎えるその時まで、ご一緒にかけがえのない日々を創り上げていきましょう。

    <大波のように(賛美歌)>
    大波のように神の愛が わたしのむねに寄せてくるよ
    漕ぎ出せ漕ぎ出せ 世の海原に 先立つ主イエスに身を委ねて

    -・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

     今年度もこうして自由に思いを語る場を与えられて感謝でした。「よりよい幼児期を目指して」というテーマで皆さんと少しでもご一緒に考えられたらと願い、文章を書いてみましたが、いかがだったでしょうか。人生の土台となる幼児期、二度と繰り返すことのできない大切な幼児期であるからこそ、親としても「一生懸命」に子育てに向き合いたい、よりよい親になりたいという親御さんの篤い思いに応える幼稚園でありたいとの願いが一層強められた一年の歩みでした。来年度はまた新しいテーマで皆さんと「幸せな子育て」をご一緒に考えていけたらと願っています。ご意見やご感想などをぜひお寄せください。

     
    ◆今月の聖句 「神の国はあなたがたの間にある」 (ルカ17:21)

     イエスさまが教えてくださった言葉です。神の国はここにある、あそこにあるというように目に見えるものではなく、目には見えないけれど「自分とお友達の間」にあるとおっしゃるのです。不思議なことだけれど、うれしいことですね。

     この一年、二年、三年間の幼稚園でお友達と一緒に大きくなりました。その間も自分とお友達の間には神さまがずっといらっしゃって、やさしく守ってくださったのですね。四月になると皆さんは一つずつ大きなクラスになるし、年長組の人たちは小学校一年生になります。新しいクラスや学校でも、神さまが皆さんと新しいお友達との間にいらして、皆さんにはもっとたくさんのお友達ができるし、もっと仲良しのお友達ができるでしょう。だから安心して大きくなっていけるのです。

     これからも神さまに「ありがとうの気持ち」を持って、神さまに「喜んでいただける子ども」として過ごし、大きくなっていきましょう。(子どもの礼拝要旨) 
                             
    園長 石川 勇

  • 2017年2月 ⑩こどもと友達7ヶ月前

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    ◆よりよい幼児期を目指して -⑩こどもと友達-

     振り返りの学期として、子ども達の成長を喜び合いながら過ごしていきたいと3学期が始まりましたが、早いもので今年度の保育も残すところあと一ヶ月となりました。各クラスにおいては子ども自身が、また友達同士で自分達の成長に気付き、喜び、更なる成長に胸躍らせている様子を随所にみることができ、嬉しいかぎりです。

     さて、今月は子どもと友達というテーマで子どもの育つ環境を考えてみたいと思います。人生に大きな影響を与える友人の存在はまさに人生の宝と言えるでしょう。子ども達に「よき友人と出会い、人生を豊かに」していってもらいたいと願ってやみません。最近こんな話を友人から聞きました。「中学校3年生の息子K君がどうも万引きをしているらしい」という情報がお母さん達のネットワークを通してK君のお母さんに届いたそうです。両親で相談した結果、K君のお父さんが問いただすと、本人もそのことを認めました。なぜそんなことをしたのかと聞いたところ、友達の間で格好をつけたかったとのこと。つまり、みんなからはやしたてられ、悪い事と知りながらもそのグループの友人関係を優先してしまったのだそうです。しかしそんなK君のことを心配し、はじめに自分の母親に相談したのは幼稚園時代の友達だったそうです。K君のお父さんはK君にこう言ったそうです。「お前にはいい友達がいるな」。その晩にK君はその幼稚園時代の友達に電話をして涙ながらに「心配してくれてありがとう。俺ちゃんと元に戻るからな」と伝えたそうです。

     思春期には周りが見えず、友達と同じことをしたい、同じでいたいという欲求が強くなります。そのグループでいるためには、時に自分の意志や家族をも裏切ることを迫られる場面もあるでしょう。断れば仲間はずれ、しかし自分を偽りたくないというジレンマを経験することもしばしばです。しかし、K君はこの経験を通して非常に大切なことを学ぶ事ができたのだと思います。「誰が自分の一番の親友なのか?」ということです。そして、私はK君のお父さんの言葉に大変感銘を受けました。K君自身、自分にうそをついたこと、家族を裏切ったこと、盗みをはたらいたことなど、自分の犯した事柄の重大さを痛いほど分かっていたのだと思います。親としてこの場面どのように関わるか、非常に難しいケースです。なぜそんなことしたの!そんな子に育てたつもりはありません!そんな友達すぐに別れなさい!とついつい言ってしまいがちです。しかしこのお父さんの言葉は「お前にはいい友達がいるな」の一言でした。どんな友達を作るかは親が決めることではありませんし、ましてや十分傷ついている子どもに対して「もううちの子じゃない!」などと言ったら、きっとその子どもは立ち直れないほどに傷ついてしまうでしょう。元のK君らしさに戻るためには、叱る事でも、慰める事でも、友達関係に介入することでもなく、「これからどう生きていくのか」という方向付けをしてあげる事が必要だったのです。友達の中で生きていくのはK君です。その中でK君自身が様々な失敗や体験を繰り返し、その過程で本当に大切なものは何かを自分自身が感じ、学んでいくことが大切なのです。そしてこの経験はやがて「社会でどう生きるのか」というテーマにつながっていくのだと思います。

     幼い時の友人は共に遊びを通して得た仲間です。たとえ中学校に行っても幼い時に得たその仲間は、「目に見えるK君の姿や行い」ではなく、「K君の存在そのもの」でつながることのできる友達なのだと思います。きっと二人の絆は幼稚園時代そのままだったのでしょう。心の友とは「~ができるから」とか、「~のために」といった比較や条件つきの友達ではなく、「どんな状況でも」友達なのであり、無条件なのです。昭島幼稚園の子ども達もまさに無条件の友達作りをしています。一緒に生活する中で、共に笑い、共に泣き、共に遊ぶ経験を積み上げ、友達を丸ごと理解しようとしています。年長児にもなると、心の友として互いのことを感じ合える仲にまで成長していくのです。

     まもなく年長児は卒業の時を迎えますが、小学校でも新しい友達と出会い、より深く関わり遊び合いながら心の友を得ていってもらいたいと願うのと同時に、幼児期に得た友達をずっと大切にしていってもらいたいと思います。ご家族同士の交流を継続させ、折に触れて行き来し合うことができれば、お子さん同士が友達でい続けられるための良いフォローとなるでしょう。今後も幼稚園生活の中で、学校生活の中で、たくさんの体験や遊びを通して、友達と遊ぶことの楽しさやゆたかさを感じていけるように私達がバックアップしていきたいものですね。


    ◆今月の聖句 「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ25:40)

     皆さんは今まだ子どもで、お家でも外に行っても、ほとんどのところで「小さい者・小さい存在」です。お家の人や、幼稚園の先生など、周りの人にお世話してもらわなくては生きていけません。みんなから優しく大切にされるからこそ安心して大きくなっていけるのです。

     この広い地球に住むたくさんの人や、生き物は神さまが作ってくださいました。中には皆さんよりも「小さな存在」がいます。大きな者が、小さな者をいじめるのは簡単ですが、そうではなく、大きな者は小さな者を助けてあげましょうというのが今月の聖句です。

     小さな者とは弱っている者、悲しんでいる者も含まれます。周りを見渡してそのような人がいた場合、「自分がされているように」、自分よりも小さな存在に優しくできる人になりましょう。みんながこのような心を持つことができた時、「助け合う」仲間となることができます。そして、「助け合える世界」を作ることがイエスさまの望まれることなのです。(子どもの礼拝要旨)

    園長 石川 勇

  • 2017年1月 ⑨こどもの成長8ヶ月前

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    ◆よりよい幼児期を目指して -⑨こどもの成長-

     新しい年を迎えました。この一年も世界が平和であり、子どもたちが健やかに成長していけることを心よりお祈りしています。今年も子どもを中心におき、皆で力と心を合わせて歩んでまいりたいと思いますので、皆様の変わらぬご理解とご協力をお願いいたします。

     幼稚園でも3学期に入り、それぞれの学年において節目となる時を迎えました。4月からの歩みを重ね、一人ひとりが本当に大きく成長しました。私たち教職員も、子どもたちの成長を喜びいっぱいに感じているところです。この3学期は「成長を喜びあう学期」として、子どもたちにも自分自身の成長、友だちの成長に気づき、大きくなることへの期待や喜びを感じながら日々を過ごしてもらいたいと思っています。また、そのような日々を通し、成長させてくださる神さまに対して、お父さん、お母さんに対して、「ありがとう」の気持ちをしっかりと持てる子どもになってもらいたいと願っています。

     さて、今月は「子どもの成長」について少し考えてみましょう。「木が育つ姿に学べ」という言葉がありますが、この言葉から人の成長を考える上で大切なヒントがいろいろ得られるような気がします。木は幼木の時から自ら根を土に伸ばし、枝を張り、成長に必要な太陽の光や水、養分などを吸い上げ成長していきます。立派な木が育つためには、「太陽の光をたくさん受けられること」と、「根を大きく張れる良質な土壌とスペースがあること」が欠かせません。特に幼木の間はしっかりと根付くように大切に見守ることが必要で、この時期に剪定するのはご法度です。なぜなら、まだ細い幼木の枝に手を入れることは、樹勢全体に大きなダメージを与え、強い木に育たないばかりか、下手をすれば枯れてしまうからです。木が「自ら成長していこうとする力」を最大限に発揮できるようにこれらの環境を整え、適切に見守っていくことが強い木を育てるポイントとなります。

     人を育てる上でも同じようなことが言えるのではないでしょうか。人も「よい環境」を整えることによって、「自ら成長していこうとする力(=生きる力、意欲)」が養われ、たくましく成長していくものであると思います。よい環境をつくるとは、よい親子関係を築くことです。その上で大切なことは、「今日(今)を充実させるからこそ明日(将来)がある」という考え方を親御さんが持つことだと思います。日々のお子さんの話によく耳を傾けて共感し、大いに認め、励まし、笑い、時にはお子さんに幼稚園の歌なども教えてもらったりしながら、楽しく充実した毎日を「一緒に作り上げていく」ことがとても大切です。

     反対に、親御さんが「明日(将来)のために今日がある」という考え方でいると、足りないもの探しのような子育てになってしまいます。お子さんを見てもいつも安心や満足ができず、もっとこうしろ、ああしろと指示や注意(=親からの要求)ばかりが先行し、お子さんの話にも耳を傾けられないような子育てに陥ってしまいます。お子さんにとって親御さんのこのような関わりほど悲しいことはありません。なぜなら、いつまでたっても「今の自分」が認められず、次から次に要求されていくのですから…。これでは自ら成長していこうとする力も意欲も芽生えませんし、よい親子関係を築くこともできません。

     木の幹がいつの間にか太く立派になっていくように、小さな一歩を一つひとつ積み重ねながら子どもは成長していきます。お子さんの将来を考えるとき、楽しみな気持ちと同時に、心配や不安な気持ちも少なからずあることと思います。特に就学を迎えるご家庭では、新しい環境や仲間にうまく馴染めるのだろうか、学習についていけるのだろうかといった心配もあることでしょう。しかしそんな時こそ、「お子さんの力」を信じ、親として(心配や不安をぐっとこらえて)どっしりと腰を据え、お子さんを励ましていってもらいたいと思います。こうした親御さんの安定こそがお子さんの勇気の原動力となり、さらなる成長へとつながっていくのです。


    ◆今月の聖句 「天に富を積みなさい」(マタイ6:20)

     「私たちは何も持たずに世に生まれ、世を去る時は何も持っていくことができません。(テモテⅠ・6:7)」

     天に富を積むことは、世にいる間をどう生きるかということです。私利私欲にはしり、たとえ財を成したとしても、それをもって天に帰ることはできません。世にいる間、神さまに喜ばれる生き方をすることで天に富を積むことができるのです。神さまに喜ばれる生き方とは、自分に対しても、他人に対しても誠実であること、人と愛し合い、助け合って生きること、神さまに素直な心で生きることであると思います。これからも幼稚園のモットーである「自分には強い心、友達にはやさしい心、神さまには素直な心」で過ごしてまいりましょう。(子どもの礼拝要旨)

    園長 石川 勇

  • 2016年12月 ⑧クリスマス9ヶ月前

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    ◆よりよい幼児期を目指して -⑧クリスマス-

     師走に入り、いよいよ2016年も終わりの時を迎えようとしています。4月からの保育の歩みを振り返ると、子どもたち一人ひとりの成長が目に浮かんできます。その時その時を、お友達と一緒に夢中になって過ごしてきた日々、どの顔も自信に満ちて、誇らしく輝いています。これまで、こんなにゆたかで幸せな日々を過ごせたのも、ご家庭の保育への深い理解と、多大なるご協力のおかげであると、教職員一同皆様に心よりの感謝を申し上げます。

    さて、今月は「クリスマス」についてご一緒に考えてみたいと思います。Christmas(12/25)は、Christ=イエス・キリスト/mas=お祭りということですから、「イエスさまのお誕生日を祝うお祭り」という意味になります。世界中でこの日を祝う、まさに世界一のお祭りといえるでしょう。クリスマス前の4週間をアドベント(待降節)と呼び、クリスマスを心待ちにして過ごします。ツリーやリースを飾り、クリスマスカードを送りあうのもこの時期です。

    幼稚園でもクリスマスに向けて「ワクワク」を大きくしていく毎日を過ごしています。「クリスマスはイエスさまのお誕生日なんだね。神さま、イエスさまをありがとうございます!」という思いで、「イエスさまのお誕生日に何をプレゼントすればいいだろう?」とクラスで考え、劇や歌などの練習にはりきる毎日を送っています。特に、年長組では「世界で一番初めのクリスマス」として、イエスさまがお生まれになった日の出来事を降誕劇として“クリスマス礼拝で会衆に報せる”という大役を任せられ、毎日熱のこもった練習に取り組んでいます。どうぞ当日をお楽しみに、そしてご一緒に子どもたちと温かいクリスマスを楽しみましょう。

    これらの経験を通して、子どもたちには「本当のクリスマスの喜び」と出会ってもらいたいと願っています。それは、なにか派手にどんちゃん騒ぎをすることや、おもちゃをもらうだけの表面的な喜びではなくて、イエスさまが教えてくださった「愛」をしっかりと心に受けて、「互いに愛し合うことや、感謝しあうこと」、また受ける喜びだけでなく「与える(分かちあう)喜び」にあずかることが、子どもたちの心の深い喜びにもつながり、クリスマスの喜びとなっていくのだと思います。

    ご家庭においても、互いに「ありがとう」を交わしあえる時として、あるいは「労わりあい、思いあう」時としてクリスマスを迎えられたら素晴らしいですね。どうぞ温かい幸せなクリスマスをお迎えください。そして、私たちと同様に、世界中の子どもたちが幸せなクリスマスを迎えられるようにお祈りいたしましょう。


    ◆今月の聖句 「あなたがたの光を、人々の前に輝かしなさい」(マタイ5:16)

     イエスさまは「愛の人」と言われ、その生き方や、み言葉を通して「愛」を私たちに教えてくださっています。また、イエスさまは「世を照らす光」とも言われ、私たちに生きる喜びを教えてくださいます。

    「あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。そのように、あなた方の光を人々の前に輝かしなさい」(マタイ5:14-16)

     私たちは、一人ひとり顔や性格が違うように、神さまから様々な賜物(たまもの)を与えられています。友だち、また親子であっても違う人格や能力を持ち、「私」という存在は世界で唯一のものです。賜物とはその人に与えられた「光」のようなものであり、「賜物を生かす」ことによってその光は増し、生き生きとその人らしい生き方ができるのです。しかし、「みんなができているのに」とか、「みんなと同じように」などと、人と比べてばかりいたり、自分の賜物を出せないまま引っ込めていたりすると、その人の「光」は次第に輝きを失い、やがては消えていってしまいます。生き生きと生きるどころか、「一体自分は何のために生まれてきたのか?」という問いに対していつまでも答えの出せないような暗い人生になってしまいます。

     イエスさまはこのみ言葉の中で、「あなたがたは世の光である」とおっしゃっています。主語を子どもに置き換えてみると、「子どもたちは世の光であり、子どもたちの光を人々の前に輝かしなさい」という言葉となります。これは、お子さんを友だちと比較したり、お子さんを委縮させてしまうような育て方ではなく、お子さんに与えられた「賜物=光」は何なのかを見つけ、その「光」を一番高いところにおいて育てていきなさいというイエスさまから子育てにあたる私たちへの力強いメッセージなのではないでしょうか。
     
    園長 石川 勇

  • 2016年11月 ⑦季節感10ヶ月前

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    ◆よりよい幼児期を目指して -⑦季節感-

     実りの秋を迎えています。今年も野に山にたくさんの実りが与えられて、豊かな秋となりました。子どもたちは、幼稚園でお芋掘りや遠足などを通して「秋の自然の豊かさや楽しさ」を体いっぱいに感じ過ごしていますが、これらの体験により得た「喜び」が、実りやめぐみを与えてくださる「神さま」に対する「感謝の心」として子どもたちの心を育て、楽しかった思い出としていつまでも残っていくことを深く願っています。来週に予定されている「収穫感謝祭(礼拝とパーティー)」をこの実りの季節における喜びのピークとして迎えたいと思います。

     これらの自然と直接出会う経験は、「季節感」を身につけていく上でも大きな意味を持つのだろうと思います。せっかく四季の美しさを感じることができる国に生まれたのですから、四季折々の自然や楽しみに触れないのはもったいない話です。春には春の、夏には夏のそして、秋や冬にもその季節ならではの味わいがあります。幼い時から目に見えるものだけではなく、肌で、鼻で、耳で、舌で(五感を十分に活用して)季節を感じ、楽しんでいく中で次第に季節感も芽生え、自然と身についていくのだと思います。

     季節感が豊かにある人は、それだけ人生を豊かに過ごせるように思います。季節とともに気持ちも新たに切り替えることができ、生活の中にも四季折々の彩りを加え、食事や音楽、香り、色彩などあらゆる方面に楽しみが広がっていくのではないでしょうか。一方、季節感の乏しい人の人生は空しいものです。季節の移ろいに心を動かすこともなく、一年を通して同じようなものを食べ、同じような生活を繰り返すだけ…。同じ人生ならやはり豊かに過ごしたいものですね。子どもたちにも季節感を豊かに身につけ、人生を豊かに過ごしてもらいたいと願います。

    無機質なところからは季節感は生まれません。つまり、家の中にとじこもっていても季節感は身につかないのです。どうぞご家庭においても積極的にお子さんと四季折々の自然に出かけ、「生きている自然」と豊かにふれあい、五感にたくさんの刺激を受けて、「季節感」を十分に身につけさせてあげましょう。


    ◆今月の聖句 「主に賛美の歌をうたい、聖なる御名を唱え、感謝をささげよ」(詩篇30:5)

     収穫感謝祭を迎えるにあたって、今月はこの聖句が与えられています。
     
     収穫感謝祭の起源は、1620年9月6日にイギリスの清教徒と呼ばれる102名のクリスチャンたちが、メイフラワー号に乗って大西洋に船出したことにさかのぼります。彼らが、北アメリカのプリマスに上陸したのは11月の寒い空の下でした。そして、最初の木小屋が建ったのが、ちょうどクリスマスの日。異郷の地で迎える冬は厳しく、食べる物も着る物もほとんどなく、農耕のすべも知らず、飢えと寒さと病気で半数が死にました。やがて春が来た頃、親しくなった先住民族から種子をもらい農耕を教えられました。トウモロコシ、エンドウ、大麦、小麦などです。初めての収穫の秋。彼らは、予想以上の豊かな収穫に、教会で、家庭で、収穫感謝の礼拝をささげました。苦しかった忍耐の生活を振り返りつつ「小さな種子の芽を育て、太陽を輝かし、雨を降らせ、成長させて豊かな実りをお与え下さった神に感謝します」と心からの祈りをささげました。そして、友だちになった先住民族を招いて、小麦とトウモロコシでパンとケーキをつくり、七面鳥をとってきて一緒に喜びのパーティーを開きました。それが、11月に感謝祭を開いた最初です。その後240年余り経って、リンカーン大統領が、国の祝日に11月の第4木曜日を感謝の日と決めました。アメリカでは、この日、果実や木の実を料理し、開拓の労苦と神の恵みを思い起こしつつ、感謝することの大切さを教えています。

     都市型のライフスタイルにあって、普段の生活ではなかなか感じることができない自然の恵みや、収穫の喜びかもしれませんが、「日々の食べ物を与えられている感謝」は私たちが忘れてはいけない感覚であり、精神だと思います。どうぞご家庭においてもこのことを皆さんで話し合い、食への思いを新たにされたり、またお子さんの食への関心を高めたりする機会としていただければ幸いです。

    園長 石川 勇