• 2019年1月 ⑨子どもの成長5日前

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    ◆輝く子どもと共に -⑨子どもの成長-

     新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。いよいよ3学期が始まりました。この3学期は、1学期からの「一人ひとりの成長」に目をとめて、喜び合う毎日としていきたいと思います。健康に気をつけ、豊かな日々としていきましょう。

     さて、今月は「子どもの成長」についてご一緒に考えてみたいと思います。幼児期に特に必要な成長を挙げるとすれば、私は「基本的生活習慣の確立」と「基本的信頼関係の構築」ではないかと考えます。

     「基本的生活習慣」とは、食事、睡眠、排泄、清潔、着衣の着脱の5つが一般的ですが、その他にも生活態度(あいさつ、約束や時間を守る)などが含まれます。これらすべてにおいて全介助が必要であった乳児期から、幼児期には(徐々に手を出さずに、見守りながら、段階を追って、やがては、)自分の力でできるようになる(自立と自律する)ことが必要で、親の関わり方がとても重要な時期と言うことができます。最近、集中力がない、きまりが守れない、物を大切にしない、じっとしていられない、朝食を食べない、などの課題がある子どもが増えていると耳にしますが、これらの多くは基本的生活習慣に関わる問題であり、主にその原因は生活にリズム(きまりや区切り)がない、過干渉(何でもしてあげる)など、大人の関わり方の問題とされています。基本的生活習慣の一つひとつは単独で考える必要のある課題でもありますし、食事が十分でなければ、睡眠や排泄にも影響を与えるように、相互に関係しあうものなので複合的に考える課題でもあります。幼児期には十分に時間をかけて一つひとつを「自分の力で達成できる」ように環境を整えていくこと、そしてリズムをしっかりと身につけられるように「規則正しく」生活していくことが重要です。

     次に「基本的信頼関係の構築」ですが、ご家庭ではご両親とお子さんの信頼関係をどのように構築するか、幼稚園では教師や友達との信頼関係をどう構築していくかということになるでしょう。ご両親が、あるいは教師が子どもと関係を築く時に気をつけなくてはならない事は、まずは「信頼とは何か」をよく考える事だと思います。信頼は依存や、服従とは違います。何でもしてあげること、力ずくで押さえ込もうとする事は、いずれも信頼とは対極的な関わりであり、こどもの成長を妨げます。手助けや管理は適切でなければなりませんし、関わりの中心にすべきではありません。信頼には互いを信じ、尊敬しあう心が必要です。また、相手に何かを「させられる」のではなく、相手のために「自らする」ことが信頼に応えるという行動です。知識や体力をいくらつけたとしても、人を信頼するという感性が欠落したまま大人になってしまうと、自分以外は信用できない、自分さえよければ他人はどうでもいいといった自己中心的な価値観に偏り、ついには孤独や絶望に支配された寂しい人生を送ることになるでしょう。「人を信頼し、その信頼に応えていく」という感性は、人間関係において非常に重要であり、人生そのものを豊かにします。ですから、幼児期に家庭や幼稚園での生活体験を通して、他者を信じる、尊敬する心を育むことは非常に大切なのです。

     「基本的生活習慣の確立」と「基本的信頼関係の構築」は別々の課題ではなく、関連づけて考えると良いと思います。つまり、生活習慣を身につけていく過程で親子の信頼関係を深めていけるような生活のあり方を考えるということです。それぞれの時間が「わかりやすいように、また楽しくなるように」工夫して「大人も一緒に」楽しみながらそこに参加し、「してもらう喜びから自らする喜びへ」転換していけるような生活が送れたならば、また子どもが自分でできた時に心からの賞賛を与え、共に喜んでいける生活が送れたならば本当に素晴らしいと思います。自分でできた達成感は自尊心を養い、賞賛されることで自信となります。もっとお母さん、お父さん、(先生)を喜ばせたいという気持ちが次の意欲となり、やがては自ら考え、行動できるようになっていくのです。

     幼稚園の一年の歩みも終盤を迎えました。園生活ではこれまでに様々な生活課題を「楽しみながら達成できるよう」工夫し、援助し、教師も共に参加し歩んできましたが、この時間を通して得た成果はやはり「信頼関係」であると思います。教師を信頼しているからこそ、みんなの中で自分を出して(自己発揮して)いけるのですし、友達とも安心して遊び、ぶつかる(他者理解する)ことができ、このような生活体験を重ねていくことで「皆で力を合わせ、心を合わせる」ことのできるクラスへと成長していくのだと考えています。来月には成長を祝いあう会が持たれますが、生活体験の長さや年齢によっての違いこそあるものの、安心して自己発揮している姿、友達と仲良く遊び、ぶつかりながら互いを求め合う姿、クラスのみんなで力と心を合わせ、誇らしく参加している姿などをご覧になり、どうぞたくさんの賞賛を与えて下さい。その姿こそがお子さん自身の力であり、成長なのですから。


    ◆今月の聖句 「人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい」(ルカ6:31)

     幼稚園がおうちと違うところは、同じ年のお友達、それもたくさんのお友達と生活することだと思います。おうちでは、好きなおもちゃもいつだって、いつまででも、独り占めして遊ぶことができるけれど、幼稚園では、「そのおもちゃ」で遊びたい他のお友達もいますから、なかなか自分の思い通りにはならないこともありますね。幼稚園に入りたての頃は、そのことでずいぶん苦労したと思います。これはボクの(ワタシの)、と言って取りあったり、遊んでいるおもちゃをサッと取られて泣いてしまったり・・・、だれもが経験することです。でも、3学期になった今ではみんな上手にお友達とすごす(遊ぶ)ことができるようになりましたね。それは、「順番こ」とか、「先にいいよ」とか、「一緒に遊ぼう」とか、みなさんの中に『譲り合う心』が育ってきたからです。
     
     この「譲り合う心」は皆さんが大きくなって大人になってもずっとずっと大事な心です。時々、大人になっても、順番を守れない人、欲しいものは独り占めにしようとする人を見ます。この人たちは「譲り合う心」を知らない人たちです。こういう人たちは、自分勝手で、みんなと楽しく生活することができません。でも、みなさんは幼稚園で、もうこの心を持つことができました。小さいうちに大切な心が持てて良かったですね。この心があれば、みんなと楽しく幸せに過ごすことができます。ぜひこれからもこの心を大切にしていきましょう。

     さて、お友達との生活は譲り合うことだけではありません。お友達のことをよく知れば知るほど、お友達の気持ちがわかります。「あ、今日は元気がないな」とか、「なんか嬉しいことがあったのかな」とか、仲良くなるとお友達の心がわかるようになるのです。そんな時に、「人にしてもらいたい」と思うことを「人にしてあげる」ことのできる皆さんになってほしいと思います。「こんな言葉をかけられたらうれしいだろうな」とか、「こんな風にされたら喜ぶかな」とか、自分がされてうれしいことをお友達にもしてあげましょう。逆に、「こんな風に言われたら嫌だな」とか、「こんなことされたら嫌だな」と思うことは「しない」ようにしましょう。

     これからもみんなと心をつないで、互いに心を配りながら、お友達を大事にして、楽しく過ごしてまいりましょう。(子どもの礼拝要旨)


    園長 石川 勇


  • 2018年12月 ⑧クリスマスの喜び1ヶ月前

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    ◆輝く子どもと共に -⑧クリスマスの喜び-

     12月に入り、アドベント(待降節)を迎えています。幼稚園でもだんだんと近づいてくるクリスマスのお祝いに向けて、子ども達とうれしい気持ちを高めながら毎日を過ごしています。

     アドベントとはイエス様の降誕を待ち望む期間のこと、クリスマスまでの4週間を指します。アドベントに入ると、教会ではクリスマスクランツのロウソクに毎週一本ずつ火が灯され、子ども達はアドベントカレンダーの窓を毎週一つずつめくります。クリスマスカードを互いに交わしあい、ツリーやリースを飾り、家庭で、地域で、世界中でクリスマスを心待ちにします。

     ところで、アドベントは「到来」とか、「降臨」といった意味ですが、冒険を意味する「アドベンチャー」の語源となった言葉でもあるそうです。主の降臨を待ちわびる、「ドキドキ、ワクワク」の気持ちが、冒険の時のそれとつながって「アドベンチャー」という言葉になったのかもしれません。ワクワクするのはその先に大きな喜びがあるからです。冒険の喜びは「先に何があるのか!」、「どんなものに出会えるのか!」など、未知なるものを「見たい」、「知りたい」という願望であるように思いますが、では、クリスマスの喜びとは一体どんなものなのでしょうか。一つの例をご紹介します。

     例年、クリスマスの喜びを届けにたんぽぽ組の子どもたちが近隣の老人施設を訪問していますが、子どもたちの歌声や愛くるしさに触れ、涙を流し喜ばれる方の姿や、笑顔いっぱいに拍手する方の姿などを多く目にします。様々な事情で家族と離れて施設で生活する人たちの多くは、「孤独感」を抱えながら生活しています。子どもたちの歌声や笑顔は、ちょうど暗い場所に一本のロウソクの火が灯るように、そうしたお年寄りの心に火を灯すのでしょう。このように、クリスマスの喜びとは、「心に火が灯るような温かい喜び」であり、その火(喜び)を周りの人と「分かちあう喜び」だと思います。「喜びを分けあったら喜びが倍になった。苦しみを分けあったら苦しさが半分になった。」という言葉がありますが、分かちあうことの意味を私たちに教えてくれる言葉だと思います。

     イエス・キリストは「愛の人」と言われています。その生涯を通して世界中の人々に「本当の愛」を示された方だからです。そのイエス様のお誕生日であるクリスマスに、私たちも家庭や職場、仲間の中に「愛」と「感謝」を改めて感じ、伝えあう機会としたいと思います。普段は忙しいお父さんもこの日ばかりは早く帰ってきて、みんなでご馳走を囲みながら「ありがとう」を伝えあえたなら、きっと「心に火が灯り、喜びを分かちあう」、素晴らしいクリスマスになることでしょう。どうぞ、よいクリスマスをお過ごしください。そして、新しく迎える一年も各ご家庭の上に神様の祝福が豊かにありますことをお祈りしています。

    「私たちは忙しすぎます。ほほえみを交わすひまさえありません。
     ましてや、愛を与えたり、受けたりするひまはないという状態です。」

    「この世でいちばん美しいことは、神様が私たちを愛してくださるように
     私たちも互いに愛することです。 私たちがこの世にいるのもこの目的のためです。」(マザーテレサのことばより)


    ◆今月の聖句 「その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。」(ヨハネ1:9)

     つらい時、悲しい時、不安の中にいる時、わたしたちの心は暗い闇に包まれてしまいます。しかし、イエスさまはどんな時にも私たちと共にいて下さって、闇夜を照らす光となって、わたしたちに希望を与えてくださいます。聖書に書かれている言葉は2000年も前のものですが、イエスさまはその長い年月を超えて、これまでずっとたくさんの人たちを、そして今もなお、私たちを照らしてくださっているのだから本当に驚きですし、まさしく「まことの光」だと思います。その光の中で毎日を過ごせる私たちは本当に幸せだと思います。

     世界には今この時も、困っている人、悲しみの中にいる人がたくさんいます。それらの人たちの上にもイエスさまの光が照らされるように、温かいクリスマスが訪れるように、みんなで祈りましょう。(子どもの礼拝要旨)


    園長 石川 勇

  • 2018年11月 ⑦恵み2ヶ月前

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    ◆輝く子どもと共に -⑦恵み-

     11月に入り、秋も本番を迎えました。葉の色づきや、木々の実り、抜けるような青空など、身の周りでもたくさんの秋を感じられます。この季節、幼稚園では芋ほりや遠足などを通して、また日常の保育の中で、身体いっぱいに秋を感じ、満喫しています。

     過日は気持ちのよい天気の中、全員参加で、喜びいっぱいにプレーデーを行うことができました。はりきる子ども達を中心に置き、ご家族や教師、仲間達が笑顔いっぱいに応援できた素晴らしい一日でした。また、先日には父母会のバザーが、大盛況のうちに行われました。今年もお母さま方が一丸となって、子ども達のために楽しい時を提供して下さいました。これらの機会がきっかけとなり、またこれらの機会をご一緒することで、今後一層父母同士、あるいは幼稚園との親睦、信頼が深められていくことを心より願っています。ご支援ご協力くださった皆さまにこの場を借りて心よりの感謝を申し上げます。

     今月は恵みについて思うことを書きたいと思います。幼稚園では来週にも収穫感謝祭を予定していますが、収穫感謝祭の起源は、1620年9月6日にイギリスの清教徒と呼ばれる102名のクリスチャンたちが、メイフラワー号に乗って大西洋に船出したことにさかのぼります。彼らが、北アメリカのプリマスに上陸したのは11月の寒い空の下でした。そして、最初の木小屋が建ったのが、ちょうどクリスマスの日。異郷の地で迎える冬は厳しく、食べる物も着る物もほとんどなく、農耕のすべも知らず、飢えと寒さと病気で半数が死にました。やがて春が来た頃、親しくなった先住民族から種子をもらい農耕を教えられました。トウモロコシ、エンドウ、大麦、小麦などです。初めての収穫の秋、彼らは予想以上の豊かな収穫に、教会で、家庭で、収穫感謝の礼拝をささげました。苦しかった忍耐の生活を振り返りつつ「小さな種子の芽を育て、太陽を輝かし、雨を降らせ、成長させて豊かな実りをお与え下さった神に感謝します」と心からの祈りをささげました。そして、友だちになった先住民族を招いて、小麦とトウモロコシでパンとケーキをつくり、七面鳥をとってきて一緒に喜びのパーティーを開きました。それが、11月に感謝祭を開いた最初です。その後240年余り経って、リンカーン大統領が、国の祝日に11月の第4木曜日を感謝の日と決めました。アメリカでは、この日、果実や木の実を料理し、開拓の労苦と神の恵みを思い起こしつつ、感謝することの大切さを教えています。

     食べ物はわたし達の命と直結する重要な問題であるにも拘らず、与えられている恵みに感謝するという気持ちが少なくなっているように思います。それどころか飽食の時代、食べ物を粗末にする傾向は依然強まっているとも言えます。子どもの偏食も社会的に問題視されています。

     ここに3枚の絵を想像してみてください。はじめの絵には「貧しい家の食卓」が描かれています。継ぎはぎの服を着た家族がランプの光の中で一枚のお皿に乗ったパンを囲み、頭を垂れて皆で祈りを捧げています。次の絵は「中流家庭の食卓」が描かれています。小綺麗な服を着た家族が一人ずつに盛り付けられたお皿の前に座り、お母さんだけが祈っています。最後の絵は「裕福な家の食卓」です。ワインやご馳走がならび、立派な服を着た人たちが大勢集まっています。皆、勝手気ままな方向を向き、食い散らかし、誰も祈っていません。このようにわたし達人間は、豊かになればなるほど「自分よがり」になり、祈ることも忘れ、感謝も忘れてしまうという一面を持っています。

     恵みとは喜びです。食べるものがある、家族で食卓を囲む、これを当たり前と考えるか、喜びとして考えるかで価値観が大きく分かれるでしょう。もう少し考えるなら、こうして皆で食べられるのも収穫の実りがあったからであり、健康を与えられているからであるということに気付きます。このことこそ自分達に与えられている大きな恵みであり、喜ぶべきことであります。Thank(感謝する)の語源はThink(考える)だそうです。つまり、与えられている大きな恵みに気付き、さらに「考える」ことが深い「感謝」につながるのです。今月の聖書の言葉も「主は必ず良いものをお与えになり、わたしたちの地は実りをもたらします(詩編85:13)」としています。

     食事に限らず、与えられている恵みを感謝することは、豊かな時代、便利な生活だからこそ「見失いがちな大切な価値観」であると思います。どうぞご家庭の中でも大きな恵みに気付き、考え、シェアをして「喜びと感謝にあふれた生活」をお過ごしください。


    園長 石川 勇

  • 2018年10月 ⑥子どもが育つ環境3ヶ月前

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    ◆輝く子どもと共に -⑥子どもが育つ環境-

    活動の二学期もひと月あまりが過ぎ、秋本番を迎えました。この気持ち良い季節の中、こころもからだもいっぱいに使って子どもたちは充実した毎日を過ごしています。間もなくプレーデーを迎えますが、ご家族の皆さんも体調を整えてこの季節をどうぞ元気にお過ごしください。

    さて、昭島幼稚園は「心が育つ保育」をテーマに掲げ保育にあたっています。スポンジのように柔らかい子どもの心には、見るもの、聞くもの、経験するもの、なんでもがそのまま沁み込んでいきます。そして、沁み込んだものによって心が形作られ、生涯にわたりその人の「心のベース」となっていきます。幼児期が人生の土台である言われるのはこのためです。この軟らかいスポンジのような心に何を沁み込ませてあげるか?これは幼稚園のみならず周りの大人に課せられた重要なテーマであると思います。今回はそんなことについて感じることを書いてみたいと思います。

    私は以前にカナダの雄大な自然の中でスキーを楽しむ機会を与えられました。素晴らしい自然や人との出会いもありましたが、特にこの旅で深く印象に残ったことは、「子どもに対する社会的モラルの高さ」でした。リフト乗り場や、レストランなど公共の場所には「No foul language」との看板をよく目にしました。直訳すると「汚い言葉禁止」という意味になるでしょうか。それはつまり、子どもたちがいることに留意して言葉使い(行ない)に気をつけましょうという大人に対するメッセージなのだということを聞き、日本との違いを感じると同時に、大いに感動させられたのでした。その看板が表すように、知らない人同士が互いに秩序よく、また気さくに声やあいさつを交わしあう姿や、子どもにやさしい笑顔や言葉をかける大人たちの姿をたくさん見ることができ、本当に気持ち良い思いになったことを思い出します。

    子どもは大人の背中を見て大きくなっていきます。良い親子関係もさることながら、大人が築きあげるコミュニティーがどれだけ子どもたちの心に影響を与えるか計りしれません。幼稚園においても、大人同士が交わしあうあいさつや会話の様子、笑いあい、励ましあっている姿、そしてご自分のお子さん以外にもいろいろな子どもに気さくに話しかけている表情、言葉、態度などを子どもたちは注意深く見ていますし、その柔らかい心のスポンジにしっかり沁み込ませています。どうぞこれからも子どもたちがいることに留意した言葉遣いや態度を心がけ、子どもたちの手本となるような素晴らしい父母のコミュニティーを皆さんで作り上げていってくださるように願っています。
                                     

    ◆今月の聖句 「天に富を積みなさい」(マタイ6:20)

    「私たちは何も持たずに世に生まれ、世を去る時は何も持っていくことができません。(テモテⅠ・6:7)」
     天に富を積むことは、世にいる間をどう生きるかということです。私利私欲にはしり、たとえ財を成したとしても、それをもって天に帰ることはできません。世にいる間、神さまに喜ばれる生き方をすることで天に富を積むことができるのです。神さまに喜ばれる生き方とは、自分に対しても他人に対しても誠実であること、人と愛し合い助け合って生きること、神さまに素直な心で生きることであると思います。これからも幼稚園のモットーである「自分には強い心、友達にはやさしい心、神さまには素直な心」で過ごしてまいりましょう。(こどもの礼拝要旨) 


    園長 石川 勇

  • 2018年9月 ⑤戸外の活用4ヶ月前

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    ◆輝く子どもと共に -⑤戸外の活用-

    長い夏休みも終わり、いよいよ2学期が始まりました。2学期は「活動の2学期」と位置づけ、秋から冬に移りゆく季節を身体も心もいっぱいに感じながら過ごしてまいりたいと思います。この学期も皆さんと「子ども達の成長」を共に喜び歩んでいきたいと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。

    秋は一年の中でも最も過ごしやすい季節です。実りの秋、読書の秋、運動の秋、食欲の秋・・・秋は自然にも、わたし達にも、様々な恵みや楽しみを与えてくれます。どうぞこの季節、ご家庭においても積極的に戸外に出て、お子さんと一緒に様々な秋を見つけてみましょう。

    <山の秋の楽しみ>
    初秋までは虫取り(バッタやコオロギなども大型に成長)、晩秋は紅葉、どんぐりなどの実を拾うなど。彩り鮮やかな森に出かければ歩くだけで気持ちよい
    <里の秋の楽しみ>
    柿やリンゴなどの果実、作物の収穫、焚き火で焼きいもなど

    この他にも秋の楽しみはたくさんあります。身の回りでも、幼稚園までの通園路で例えば柿の木があるとすれば、その木を日々お子さんと定点観察してみましょう。秋の深まりにあわせて実が大きくなったり、色づいたりする様が見られます。また、秋は中秋の名月に表わされるように、空が高く澄んでいますので、星空観察にも良い季節です。お子さんと星空を眺めながら、星座や流れ星を見つけるのも楽しい時間です。

    都会的な生活は便利で快適である反面、気をつけていないと季節感や生活の工夫力、応用力まで奪われてしまいます。特に季節感は頭で考える「知識」とは違い、体験により五感で習得する「感覚」であり、実際に外に出て、見て、聞いて、嗅いで、触って、味わうことによって身につくものでありますから、幼いうちから四季折々自然の中でたくさんの体験を積むことが大切であると思います。

    どうぞこの秋、ご家族でいろいろな秋を見つけにお出かけください。皆さんで「こんな秋を見つけたよ」と報告しあえたら楽しいですね。


    ◆今月の聖句 「心の清い人々は幸いである、その人たちは神を見る。」 (マタイ5:8)

    「天にいらっしゃいます神様・・・」、私たちがお祈りを捧げる神さまは、天にいらして「目に見える」お方ではありませんね。でも、今月の聖書の言葉には「心の清い人たちは神さまを見る」と書いてあります。

     「清い心」とはどんな心でしょうか。今日はそのことを少し考えてみましょう。
    昭島幼稚園で大切にしている心があります。「自分には強い心、友だちにはやさしい心、神様には素直な心」。

    幼稚園ではいろいろな時間がありますね。自由に遊ぶ時間もあれば、こうしてお話を聞く時間もありますし、みんなで力をあわせて何か相談したり、作ったりする時間もあります。先生はどの時間も大切な時間だと思いますし、どの時間にも楽しさや、「良さ」があると思います。だから、皆さんにはどの時間も大切にしてもらいたいと思っています。

    さて、お話を聞いたり、順番やお約束を守ったりするためには、「自分で」そうしようと「決めて」、「まもる」ことが大切ですね。途中でおしゃべりしたくなったり、友だちよりも先にやりたくなったりしても、我慢する「強い心」が必要です。

    また、誰でも一人ぼっちで過ごすよりも友達と過ごす方が楽しいし、うれしいですね。友だちにやさしい心を持つことは大事です。友だちにやさしい心でいると、友だちからもやさしくしてもらえます。そうすると「一緒に遊ぶ」ことができるようになるし、もっと友達のことが好きになって、やさしい心も大きくなっていきます。
    友だちにやさしい心を伝えるにはどんなことが大事でしょうか。ぜひクラスでも話し合ってみてください。

    そして、私たちをいつも見守ってくださる神さま、養い育ててくださる神さまに、いつも心をつなげていられるようにしましょう。神さまに心を伝える時間がお祈りの時間です。神さまに向かって素直な心で、うれしい気持ちや悲しい気持ち、心配や不安、お願い、感謝など、どんなことでも、「心の全部」を打ち明けてお祈りしてみましょう。神さまはそのお祈りを全部聞き入れてくださり、必ず応えてくださいます。

    清い心とは、こうした強さや優しさ、そして素直な心でもありますから、これらの心を育てながらこれからも大きくなっていきましょう。(子どもの礼拝要旨)

    園長 石川 勇

  • 2018年7月 ④一学期の終わりに6ヶ月前

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    ◆輝く子どもと共に -④一学期の終わりに-

     まもなく一学期の終業を迎えようとしています。一学期は「出会いの一学期」と位置づけて、一人ひとりの子どもにとって新しいクラスや環境、そして友だちや先生との出会いが「よいもの」となるように願って保育の日々を歩んでまいりました。特に新しく入園したお子さんにとっては、それまでの生活との変化も大きく、初めて経験することばかりの毎日で戸惑ったことも多かったことでしょうが、わずか3ヶ月で、どの子どもも幼稚園の生活に適応し、さらにそれを楽しめるようになってきたことは大きな成長であり、また喜びであると思います。顔つきもぐっと幼稚園児らしくなり、身体の線も一回り太くなったような、そんな印象さえ感じることができます。

     この「適応」というチャレンジを支えてくれた大きな存在は、まず担任の先生であると言えるでしょう。入園や進級を迎えて不安の中にある子どもたち一人ひとりと出会い、大きな愛で包みこんで、時には励まし、時には抱きしめながら一緒に日々を過ごしてくれました。こうして一緒に積み上げてきた時間が、先生への「信頼」という絆となって子どもたちの心を支えてきたのだと思います。先生にほめてもらうのが嬉しくて「張り切る姿」、先生に励まされて「涙をふく姿」をあちらこちらで見ることができました。もう一つの存在は「友だち」です。友だちの姿を見て何でも真似をしてみたり、友だちと一緒に笑いあったり、競い合ったり、けんかもしたりしたけれど、いつも近くには友だちがいてくれました。友だちは大きな支えになってくれただけでなく、友だちから大切なことをたくさん学べたことと思います。こうした先生や友だちとの「かけがえのない」日々を過ごせた一学期、互いに「ありがとう」を伝えあえる時としたいと思います。

     最後に、一学期の間も子どもたちの生活や成長を一番近くで見守り、励ましてくださったご家庭の皆さまの幼稚園に対するご理解や、ご協力を覚え、この場を借りて深く感謝を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。二学期までの間、しばらく長いお休みに入りますが、どうぞ幼稚園のこと、友だちのことを思う日々でもありますように。また、各所へお出かけする機会も多いと思いますが、安全や健康に気をつけて、どうぞご家族で有意義な時をお過ごしくださいますようにお祈りしています。

     二学期の始業式で元気いっぱいの子どもたち、ご家族の皆さまに再会できることを楽しみにしています。


    ◆今月の聖句 「ほかの種は良い土地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。(ルカ8:8)
                                 

     聖書に書かれてあるお話しをします。種をまく人が種まきに出かけました。蒔いている間に、ある種は道ばたに落ちました。道ばただったので、種は人々に踏みつけられ、しまいには飛んできた鳥に食べられてしまいました。またある種は石だらけの場所に落ちました。芽は出ましたが、水気がないのですぐに枯れてしましました。ほかの種は茨の中に落ちました。やはり芽は出ましたが、他の茨におおいかぶさられて育つことができませんでした。しかし、他の種は良い土地に落ちました。良い土地だったので、芽を出し、ぐんぐん大きくなって、なんと100倍もの実をつけたのです。

     聖書に書いてある「神さまの言葉」は私たちの心にまかれる種のようなものです。蒔かれた私たちの心がどういう心なのかによって、実を結ばずに枯れてしまったり、逆に100倍もの実を結んだりするのです。種が大きく育った土地はどんな土地だったか思い出してみましょう。種が育ったのは「良い土地」でしたね。今ちょうどたんぽぽさんは野菜を、どんぐりさんはひまわりを、そしていちごさんはサルビアを栽培しています。どれも「良い土地」で、お世話もちゃんとできているので、みんなすくすく大きくなっていますね。

     では、神様の言葉が大きくなる心とはどんな心でしょうか。それは、「良い心」です。良い心かどうかは「聞き方」によって変わります。しっかりと自分の心を整えて、耳から入ったお話を「心」で受けられるようにいたしましょう。友達とおしゃべりをしていたり、騒がしい心のままお話を聞いていたりしても、「心」で聞くことはできません。そのような心は、道端や石地、茨に落ちた種と一緒です。すぐになくなってしまったり、枯れてしまったり、他のものとゴチャゴチャになってしまったりするのです。 心で聞く時には、まず「聞こう、聞きたい」という気持ちがないといけません。そして耳だけではなく目もしっかり向けてお話を聞くのです。そうすると、お話しがすっと心に落ちてくるのです。

    聖書の言葉やお話、そして礼拝を、これからもみんなで大切にしていきましょう。
    (子どもの礼拝要旨)


    園長 石川 勇

  • 2018年6月 ③管理と見守り(遊ぶ力・安全編)7ヶ月前

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    ◆輝く子どもと共に -③管理と見守り(遊ぶ力・安全編)-
     
     今月は「遊ぶ力・安全」という観点から管理と見守りを考えてみましょう。先月同様、幼児期には、あそびについても大人の適切な「管理」と「見守り」が必要となります。この場合の「管理」とは主に危険などに対して、そうならないように大人が判断し、関与すること、また「見守り」とは余計な干渉をせずに(ただし目は話さないように)一定の距離をおいて見守ることを指します。お子さんの年齢や経験、その場の状況などによって「管理」なのか、「見守り」なのかを考え、判断することが大人に求められている大切なセンスだと思います。

     一方、自分の身体をよく知ることや、自分の身体を意のままに使いこなせるようになること、危険を察知し回避できるようになることはお子さんに身につけてほしい成長の目標のひとつでしょう。これらの能力は、遊びをたくさん積み重ねてだんだんと身につけていく能力でもあり、「遊ぶ力」とも言い換えることができます。例えばブランコ遊びにしても、ただ乗っているだけのところから、遊ぶ力の高まりに応じて自分でこげるようになり、次第に勢いも増し、立ちこぎなども加えて、よりダイナミックに遊ぶように変わっていきます。動きも活発になった分、以前よりも危険が増したか?と問われれば、答えは否、遊ぶ力がつけばつくほど「より安全に遊べる」ようにもなっていくのです。このように、繰り返し遊ぶ中で失敗も経験しながら上手に遊べるようになっていくわけですから、遊ぶ力を伸ばしてやりたいと考えるならば、なるべく手や口を出しすぎないようにお子さんのあそびを「見守る」ことが大切ですし、「危ないからやめなさい」ではなくて、危な気なくできるようになるまで付き合い、応援してあげることが大切であると思います。

     ある幼稚園では園庭にあるブランコに乗っていいのは放課後、保護者と一緒の時だけだそうです。理由は「保育中の安全管理上、万が一ケガをさせてはいけないから」とのことですが、これではいつまでたっても遊ぶ力が身につかないどころか、ケガをさせないことが目的となってしまい、子どもたちの成長の機会さえ奪う結果となってしまいます。昭島幼稚園では「遊びは子どもの権利」であると考え、できるだけ子どもたちが自由に、またいろんな挑戦ができるよう見守り、応援しています。上手に遊べるようになるには時間がかかりますし、失敗する時もあるでしょう。時にはケガをすることもあるかもしれません。しかし、遊ぶ力を身につけることは価値の高い成長であり、安全への確かな道のりでもありますので、辛抱強く期待をもって見守っていく必要があると思います。

     ご家庭においても、親御さんの見守りの中でお子さんがいろいろなあそびにチャレンジし、「遊ぶ力」を身につけていけるようにできるだけ見守り、応援してまいりましょう
     

    ◆今月の聖句 「いつも喜んでいなさい。たえず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」 (テサⅠ5:16-18)

     聖書の一番初めには「神さまは私たちの創り主です。」と書いてあります。私たちは神さまに命をいただいてこうして元気で大きくなりました。5月の聖書は「神さまがまず私たちを愛してくださった」という言葉でしたね。私たちの創り主で、私たちを愛してくださっている神さま、神さまに喜んでいただける生き方とはどんなことなのでしょうか。

     今月の言葉をもう一度思い起こしてみますと、神さまに喜んでいただける生き方の一つが「いつも喜んでいること」だと書いてありますね。せっかくいただいた命を、しょぼくれて下を向いて生きるのと、喜びに溢れて生きるのとでは、大きな違いがあります。楽しいことをたくさん探して、毎日をぜひ「嬉しい気持ち」で過ごしていきましょう。次には「絶えず祈る」と書いてあります。皆さんが幼稚園で覚えたお祈りは、神さまとつながることのできる、お話のできる時間なのです。こうして礼拝の時にみんなで心を合わせて祈ることもできますし、お食事の時や、夜ベッドの中でも、一人でいる時だってお祈りできます。ですから、いつでもどこでも大好きな神さまにお話し(お祈り)のできる(したいと思う)一人ひとりでいましょう。最後に「どんなことにも感謝する」ということです。「感謝」とは「ありがとうございます」ということです。周りの人から「ありがとう」って言われたら嬉しい気持ちになりますね。人の役に立つことは嬉しい事です。皆さんは、お父さんやお母さんに対して、また先生やお友達に対しても「ありがとう」って言えていますか?自分にされて嬉しい事は、人がされても嬉しい事なのです。どうぞ「ありがとう」の言えるみなさんでいてください。そして、命をくださった神さま、毎日食べる物をくださり、健康を与えてくださる神さまにも「ありがとうございます」の気持ちをお伝えできる一人ひとりでもいたいと思います。(子どもの礼拝要旨)

    園長 石川 勇

  • 2018年5月 ②管理と見守り(心の栄養・情報編)8ヶ月前

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    ◆輝く子どもと共に -②管理と見守り(心の栄養・情報編)-

     5月も中盤を迎えました。草花も、そして虫などの小さな生き物たちも元気な姿を見せてくれています。園内ではグリーンボランティアの皆さんのお働きによってかわいい綺麗な草花が植えられ、幼稚園の小さな畑にはたんぽぽ組の子どもたちが野菜を植えました。そして園庭のあちらこちらではダンゴ虫を捕まえたり、アリを観察したりと、小さな生き物と夢中になって出合い、遊んでいる子どもたちの姿を見ることができます。出会いの一学期、新しい先生や友達に加えて、「春の自然」にもたくさん出合えるといいですね。

     さて、今月は「心の栄養・情報編」について考えてまいりましょう。私たちは今、「大量の情報」の中で毎日を過ごしています。近年は特にスマートフォンやタブレットなどの普及によって、知りたい情報はいつでも、どこでもネットですぐに調べることができますし、SNSなどで海外の遠い友達とも手軽につながることができます。テレビも今や専門チャンネルも合わせて100chを超える時代です。おかげで私たちは自由にいつでもたくさんの情報を得ることができ、まさに便利で快適な暮らしを送ることができるようになりました。しかし、時として多すぎる情報はトラブルや混乱を生みます。また、人をだましたり、陥れようとしたりする悪い情報も多く存在します。数多い情報の中から、いかに危険なものを排除して安全な情報を選んでいくか、選定する能力が必要な時代ともいえるでしょう。

     特に子どもに与える情報はよく吟味することが大切で、子どもにとって危険な情報はもちろん、刺激の強すぎる内容や、表現、言葉など、「まだ知らない方がよい世界=大人の世界」に属する情報を上手に排除していく必要があると思います。ある意味、情報も食事と同じような考え方を持つといいかもしれません。つまり、食事も何を食べさせようか吟味することが大切で、栄養やバランス、何が成長や健康に良い影響を与え、何が悪いのかを考えて食事を管理するように、情報も子どもの心の成長や健康に与える影響を考えて適切に管理することが大切になるでしょう。

     また、テレビに代表されるように日常に飛び交う情報のほとんどは一方通行的なものばかりですが、言葉を使いコミュニケートすることは非常に大切です。ご家庭においても、幼い頃から会話の時間を大切にして、気持ちを伝え、聞きあうこと、表現の方法を十分に学べるようにしてあげましょう。特に、幼稚園での生活はお子さんにとって非常に重要です。友達と一緒に過ごし、遊びあう時間はどれもがリアルで刺激に満ちています。一方通行ではなく、互いの主張をぶつけあいながら、一緒に泣いたり笑ったりして子どもたちは大きくなっていくのです。もちろん失敗したり、繰り返したり…、長い時間がかかります。しかし、幼稚園は「子どもの世界」、ここでは安心してたくさん失敗ができます。ですからここでは、周りにいる大人は一つひとつのことに一喜一憂しすぎないように心がけ、愛情をもって支え、見守ることが大切だと思います。お子さんの話によく耳を傾けて、担任の先生とコミュニケーションもよくとりながら、お子さんの過ごしている「子どもの世界」をよく理解し、応援していただけたら幸いです。今後とも適切な管理と見守りを心がけましょう。

     

    ◆今月の聖句 「神がまずわたしたちを愛してくださった」(ヨハネⅠ 4:19)

     5月を迎えて、いちご組の皆さんも一緒に加わり、こうしてみんなで礼拝をお捧げすることができるようになりました。昭島幼稚園では一週間に一度、いちごさんも、どんぐりさんも、たんぽぽさんも、そして先生たちもこの礼拝堂に集まって全体礼拝の時をもっています。今年一年もみんなで心を合わせて、讃美歌やお祈り、献金、そして聖書のおはなしを聞き、礼拝をお捧げしましょう。

     神さまは目には見えないけれど、いつも私たちを見ていてくださいます。今日も一人ひとりに健康を与えてくださって、こうしてみんなと楽しく過ごすことができます。皆さんが赤ちゃんの時から、そして先生たちのように大人になっても、神様は一人ひとりを愛して守ってくださっているのです。

     私たちも愛してくださる神さまに、「ありがとうございます」が言える一人ひとりでいましょう。そして神さまに喜んでいただける人になっていきましょう。
    (子どもの礼拝要旨)


    園長 石川 勇

  • 2018年4月 ①みんな違って素晴らしい9ヶ月前

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    ◆輝く子どもと共に -①みんな違って素晴らしい-
     
    お子さんのご入園、ご進級おめでとうございます。いよいよ子ども達の幼稚園生活がスタートいたしました。幼稚園ではこの一学期を「であいの一学期」と位置付けて、幼稚園の人や場、生活、ルールなどと出会う(出合う)毎日としたいと考えています。スタートしたての今は、緊張や戸惑いを感じているお子さん(親御さんも)も少なくないと思いますが、一日いちにちを積み重ねながら、ゆっくりと幼稚園の毎日に慣れていってください。ご不明なことなどがあれば、どうぞお気軽にご相談ください。

    さて、子ども達を見ていると、みんな一様ではないことに気づきます。一人ひとりがそれぞれに個性を持ち、こだわりを持って生きています。言い換えれば、幼いながらに「自分らしさ」をちゃんと持っているのです。昭島幼稚園では、この「自分らしさ」を保障していくことを保育の柱に据えています。同じ花を見ても、キレイという子ども、面白いという子ども、いい匂いという子ども、花びらが何枚あるか数える子ども、飛んできた虫に気づく子どもなど、感じ方は多様であり、答えは無限です。そして、見方、感じ方がそれぞれに違うからこそ、一人で見るよりもその体験が豊かになり、楽しくなるのです。しかし、もし一つの答えしか許されないとしたらどうでしょうか。「この花はチューリップです。」が正解であり、他は重要視されないとしたら…。言わずもがな、どう感じたかではなく、何と答えれば正解なのかと考えるようになっていくでしょう。このような環境では自分らしさを伸ばしていくことは難しいでしょう。

    昭島幼稚園ではお友達は遊びや体験を通して、刺激や影響を与えあう、育ちあう仲間と考えます。お友達と互いに「自分らしさ」を発揮しあいながら創る生活は、バラエティーに富み、ユニークで楽しいものです。今年も子どもたちと共に豊かで楽しい毎日を創り上げたいと願っています。ご家庭においても、是非とも幼稚園でお子さんがお子さんらしく過ごせるように励まし、見守ってください。日々幼稚園で過ごしてくるお子さんの言葉や様子に耳や心を傾けて、たとえ短い時間であっても幼稚園の出来事を肯定的に聞いてあげましょう。また、担任の先生とも十分に関わり、ご遠慮なくどんなことでもご相談ください。ご一緒にお子さんらしさを伸ばしていけるように力をあわせて歩んでまいりましょう。

    また、子ども達の集団生活がそうであるように、父母で作り上げる集団も「良い集団」でありたいと願います。もし、父母同士の関係が、或いは父母と幼稚園の関係が良好でないとすれば、子ども達に良い影響を与えるはずがありません。私達は、幼稚園という名の下に集っている集団であり、この集団は気の合う仲間と作るグループとは違います。幼稚園も、父母同士も子どもの成長に向けて共に協力していくパートナーなのです。そのことを今一度皆さんで共通確認し、あるべき集団の姿を再考してみてはいかがでしょうか。子ども達の作り上げている集団から私達が学ぶべき点は多いように思います。どうぞ、「子どもにも誇れる父母会!」を目指して、今年度もこの集団をさらに良いものにしていきましょう。どうぞよろしくお願いいたします。


    ◆今月の聖句 「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である」 (ヨハネ15:5)

    全園児とともに週に一度、礼拝堂で全体礼拝の時を持ちます。全体礼拝では讃美歌を捧げ、皆で祈り、聖書のお話を聞き、献金を捧げます。礼拝の時間は普段の時間と違い、心を静かにすることや、心をこめて讃美すること、心を合わせてお祈りすることなど、「自分の心」と向き合う時間でもあります。また、毎月暗唱聖句として聖書の言葉が与えられ、皆で言葉を唱えたり、聖書の言葉のメッセージを聞いたりします。子どもたちはその柔らかい頭と心で、聖句やメッセージを吸収していきます。(以下子どもの礼拝要旨)

    今月は「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である」 という聖句が与えられています。ぶどうの枝が豊かに実をつけられるのは、木につながっているからであり、私たちもイエスさまにつながることによって、互いに助け合うことや愛し合う喜びに与ることができます。イエスさまは私たちが本当に幸せに生きる方法を教えてくださいます。新しく迎えたこの一年も聖書を通して神さまやイエスさまにしっかりとつながっていられる私たちでいましょう。讃美歌を歌う時も、お祈りする時も、そしてお話を聞く時も、心をこめて、しっかりと神さまやイエスさまに心をつなげてお捧げできるようにしましょう。

    園長 石川 勇

  • 2018年3月 ⑪期待と不安10ヶ月前

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    ◆共に生きる -⑪期待と不安-

     今年度の保育もいよいよ終わりの時を迎えようとしています。この一年も園とご家庭が連携し、子ども達にとって充実した一年とすることができました。これまでのお支えやご協力を覚え、この場を借りて皆様お一人おひとりに心よりの感謝を申し上げます。

     保育の修了を目前としている今、4月から始まる新しい生活を想像して不安感を抱くお子さんもいるかもしれません。バッジの色が変わる、クラスの部屋が変わる、先生が変わる…。こうした生活の変化は、期待(ワクワクすること)であるのと同時に、不安(ドキドキすること)でもあります。特に卒業を控えている年長組の中には、小学校への入学に向けて大きな不安を抱くお子さん(や、親御さん)もきっといることでしょう。

     しかし、そのような時にはどうぞこれまでの成長の足跡を思い出してください。初めて幼稚園の門をくぐった頃の、まだまだ小さく頼りなかったお子さんの「手」は、毎日の「経験」を積み重ねてたくましく、大きく成長し、いろんなことができる「手」になりました。お友達や先生と出会い、心の世界もグググッと広がり、心から信頼できる仲間や先生とも出会うことができました。入園当初、一体誰が今日の姿を想像できたでしょう? 毎日毎日積み重ねてきた結果が今に現れているのです。この奇跡のような成長は、お子さん本人の努力のみならず、それを支え励まし続けてきたご家族の祈りや協力の成果でもあると思います。

     これまでこんなに頑張れたのですから、これからだってきっと大丈夫です。さらに大きくなっていく心と身体と知恵をいっぱいに使って、お子さんはこれからもまさに「無限の成長」に向かって大きくなっていくのですから、親御さんもお子さんの可能性を信じて、喜びや期待を前面に出してお子さんを励ましてやりましょう。先には必ず良い道が備えられていることを信じて、これからもお子さんと一緒に期待をもって歩んでいってください。

     「苦しくてどうしようもない時、いつもうかんでくることばがあった。
    神様がいるんだもの、なんとかなるさ そしていつもなんとかなった」
    (作:星野 富弘)

     これからも皆様の上に神さまのお守りと祝福がありますことを心よりお祈りしています。
     

    ◆今月の聖句:「光の子として歩みなさい」(エフェソ5:8)

     4月からみなさんとご一緒に礼拝堂に集い、賛美歌を捧げ、祈り、聖書のお話を聞いてきました。いちごさんは1年間、どんぐりさんは2年間、そしてたんぽぽさんは3年間、一緒に礼拝を守ってきましたね。時間の長さには違いがあるけれど、この礼拝堂で皆さんは神さまやイエスさまと出会い、そのお考えやみ心に触れることが出来たのです。光の子とは、「神様の愛を知っている子」ということです。“昭島幼稚園のうた”にも「神さまの愛の光に、照らされて育て子らよ~」とあるように、私たちは神さまの温かい愛の光をたっぷりと浴びて大きくなることができました。

     楽しかった幼稚園の毎日も、もうすぐ終わりを迎えます。いちごさんがいちごさんでいられるのも、どんぐりさんがどんぐりさんでいられるのも、そしてたんぽぽさんがたんぽぽさんでいられるのもあとわずかです。新しい一年が始まっても、どうぞ神さまがいつも近くにいてくださること、その温かい愛の光を照らしてくださっていることを忘れないでいましょう。特に、小学校に行ってしまうと、こうして礼拝を守ることはなかなかできなくなるかもしれませんが、お祈りはいつでも、またどんな場所でもすることができます。食事の前に、またベッドの中で、あるいはお祈りしたいと思った時に、いつも手を合わせてお祈りし、神さまにつながっていましょう。

     また、これまでの礼拝でいろいろな聖書の言葉を覚えました。お話もたくさん聞きましたね。「あなたがたはそれぞれ賜物を授かっているのです」、「隣人を自分のように愛しなさい」、「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない」…。たくさんの大事な言葉に出合いました。これらの言葉をこれからもずっと大切にして、周りの人も明るく照らせるような光の子どもとして歩んでいきましょう。(子どもの礼拝要旨)
                                      
    園長 石川 勇